辛亥革命が毛沢東を生んだ:『孫文』

池田 信夫
孫文――近代化の岐路 (岩波新書)
深町 英夫
岩波書店
★★☆☆☆


孫文は今も中国の「建国の父」として偶像化されているが、それは過大評価である。これは専門家には既知の話で、本書はそれを一般人が読めるように書いた啓蒙書としての意味はあるが、それ以上の意味はない。

彼は大した政治家ではなかったが、その残した悪影響は大きい。彼の「三民主義」は蒋介石から毛沢東に受け継がれ、独裁の思想になった。前衛党が手段で民主国家が目的だという孫文の理屈はレーニンと同じなので、その結果がロシアと同じになったことは驚くにあたらない。その意味で毛沢東は孫文の後継者であり、マルクスとは何の関係もない。

孫文の失敗の根本的な原因は、「国家」の概念が中国の伝統にはないことだ。彼も認めたように「中国には家族と宗族があるだけで民族がない」。民族=国家を意味するnationはヨーロッパの内戦から生まれた特殊西洋的な概念で、宗教戦争の経験がない中国に根づかないのは当たり前だ。

国家の概念は20世紀に日本から輸入されたが、日本にも根づいていない。今どき靖国神社に新撰組や会津白虎隊を合祀しろという無知な政治家が90人も出てくるのは、日本という「国」と天皇という「家」が区別されていないことを示している。

その意味では、辛亥革命から100年以上たっても中国にネーションが存在しないのは不思議ではなく、そういう伝統のまったくなかった日本に短期間で立憲国家ができたことが驚異だ。これはよくいわれるように日本だけに分権的な「封建社会」ができていたという原因もあろうが、いろいろな幸運が重なったのだろう。

日本がいかに特殊でラッキーな国かを知る上で、西洋と日本に食い物にされてボロボロになった中国の歴史を知ることは勉強になる。そこからわかるのは、「憲法9条で平和を守る」という岩波的な一国平和主義は「駅前の店で宝くじを買ったら3億円当たったので、これからも宝くじは駅前で買うべきだ」というに等しい笑い話だということである。