官僚の天下りを進化生物学で考える

官僚の天下りを進化生物学で考える

官僚組織を企業に例えると、その事業目的は天下り先を増やすことであり、省庁の任務は企業にとっての社会貢献程度の意味しかない。こう言い切ってしまうと、いくらなんでも極論だと言われるかもしれません。特に身を粉にして日々働いている官僚の方々は「また、役人叩きか」と怒りさえ感じると思います。しかし、「利己的な遺伝子」から導かれる進化生物学の基本定理とも言える「生物はその遺伝子のコピーの増加を最大化するように進化する」を「組織はその人員が最大化するように進化する」と言い換えると、あながちただの誹謗中傷ではないと思えてきます。

「天下り」とは普通高級官僚が、民間企業、特殊法人等に高い地位と報酬で迎えられることを言います。実際は高級官僚と一口に言っても、省庁による違いや、技官のような特殊技能を持つ場合など形態は色々です。「天下り」のような人事にまつわるものは組織、個人、状況により大きく違ってきますが、ここでは典型的なキャリア官僚の関連団体、民間企業への転職について考えてみます。

中央省庁には官房といわれる組織があります。各省庁のスタッフ部門を掌握している部門で天下りに関する人事は官房が全てコントロールします。官房は自分の省の出身者が、適正な処遇を得ているかを判断しつつ、国家公務員を退職した後も実質的な人事異動を行い、OBが70歳に達するまで面倒を見ます。つまり、キャリア官僚にとって、本当の意味の定年は70歳ということになります。

70歳に達するまで、OBは複数の外郭団体や民間企業を転職し、多くの場合退職のたびごとに退職金を得ます。天下り後の処遇は公務員を退職した時点での地位に基本的にはリンクしているので、平均的な数字を求めることは難しいのですが、50代で局長級まで昇進した官僚なら、70歳まで3千万円程度の平均年収をほとんど保証されていることになります。

天下りの制度(法的な根拠な何もないのですが)がある背景には、キャリア官僚が完全な年功序列型の人事システムを採用していることがあります。同期で入省したキャリア官僚は出世競争で決して後輩に抜かれることも、先輩を抜くこともありません。一見無競争でお気楽に思えるシステムですが、実際には課長補佐までは一律に昇進しても、課長、部長、局長とポストは減っていくので、40歳前後から「肩たたき」による退職が始まります。この肩たたきで異動させられていく先が天下りになるわけです。

日本の中央省庁が最優秀の学生を採用し、時間をかけて組織のピラミッドを維持しながら、優秀なものを選抜していくというやり方自身は間違っているとは言えません。問題は、退職させ天下りさせるキャリア官僚が天下り先の地位に相応しいかということです。実際には民間企業が「人材」を求めて、天下りを受け入れることはあまりありません。民間企業は天下りを受け入れることで監督官庁とのパイプ役、もっと言えば法規制の「適切な」運用がされることを期待しているのです。

しかし、世の中は急速に変わってきています。民間企業は製造業はもちろん、かつては護送船団方式で守られていた金融機関も競争原理で動くようになり、天下りの先として細ってきています。民間企業が天下りを受け入れなくなってきている状況はずいぶん前からありましたが、その対抗策として天下りを目的として各省庁は沢山の外郭団体、特殊法人を作ってきました。それらの法人は民間企業と比べて非効率だったり、あるいはまったく不必要なものも多いのですが、税金をつぎ込んだり、法的な特権を保持したりして存続してきています。これでは官僚の作る法律や規制、さらにその運用が天下り先を作るためで、法案や規制案の趣旨は名目上のお飾りに過ぎないことになってしまいます。

ここで利己的な遺伝子の話を思い出してみましょう。利己的な遺伝子にとって遺伝子を運ぶ生物は乗り物に過ぎません。遺伝子のコピーを増やすためには時として乗り物である生物体そのものが犠牲になることもあります。例えば、カマキリは交尾の後、メスがオスを食べてしまうのですが、その結果卵により多くの栄養が与えられることで、カマキリのオスの遺伝子のコピーは増加する確率は高くなります。孔雀のオスは外敵から標的になりやすい見事な羽を持っていますが、それは自分の健康状態を誇ることでメスを引き付け、自分の遺伝子のコピーを増やすための「性選択」の恩恵を得ようとするからです。

組織は生物とは違います。組織に遺伝子はありません。しかし、組織は一度作られると組織の構成員は入れ替わっても組織を存続させようとする強い組織文化が生まれます。利己的な遺伝子の理論では利己的ではない、つまり遺伝子のコピーを残すことの最適化が劣った遺伝子は競争に負けてコピーを残せなくなってしまいます。省庁が産業の活性化のための規制緩和を進めて、その結果天下り先が減ってしまえば、官僚組織の存続そのものが危うくなってしまいます。天下りが官僚組織の人事の根幹を支えるために必要である限り、官僚が自ら進んで規制緩和を行うことは難しいでしょう。官僚組織で一番人事的評価されるのは天下り先を増やすことと言われるのは、恐らく真実なのです。


編集部より:このブログは馬場正博氏の「GIXo」での連載「ご隠居の視点」2014年10月6日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はGIXoをご覧ください。