独国防相「睡眠中夢を見なくなった」

夢をみず、熟睡できればそれに越したことはないが、眠れば時には夢を見るものだ。当方などはかなり夢を見る方だ。このコラム欄でも数回、夢の内容を紹介した。ポップ界の王(King of Pop)マイケル・ジャクソンのネバーランドに当方が舞い込んでしまった夢などはかなり啓示性の高い夢だった(「ちょっとフロイト流の『夢判断』」2012年10月22日参考)。「レオポルト1世が現れた」(2013年6月29日参考)もとても面白かった。

▲政治家になって以来、夢を見なくなったドイツのウルズラ・フォン・デア・ライエン国防相(同国防相の公式サイトから)

ここで当方の夢を自慢するために書き出したのではない。「政治家になってから睡眠中に夢を見なくなった」というコメントを最近聞いたのだ。夢を失ったのはドイツのウルズラ・フォン・デア・ライエン国防相(58)だ。彼女は政治家になる前は医者であり、家庭では7人の子どもを持つ母親だ。
ウルズラ・フォン・デア・ライエン国防相は久しくメルケル首相の有力な後継者と受け取られている。メルケル首相が来年の総選挙後、辞任すれば、彼女が「キリスト教民主同盟」(CDU)党首、そして連邦首相に就任するシナリオはかなり現実性があるのだ。

その国防相が、「私は政治家になって以来、夢を見なくなった」というのは何を意味するのだろうか。ここでいう「夢」とは、あのマーティン・ルーサー・キング牧師の有名な演説で登場する「夢」ではなく、むしろ昨日の出来事、個人や友人が登場する普通の夢を意味する。

独国防相の「私は政治家になって以来、夢を見なくなった」といったコメントを初めて知った時、当方は同情せざるを得なくなった。彼女は政治家になる前は夜、夢を見ただろう。子供が登場する夢が多かったかもしれない。将来の家庭について、様々な懸念も出てきたかもしれない。

夢には啓示性と現実生活をそのまま反映された内容とに大別できる。フロイトではないが、夢はその人の精神生活を分析する上で大きな役割を果たすことが少なくない。どのような夢を見るか、誰が夢で登場するか、夢の書割、登場人物を詳細に分析すれば、その人の無意識の世界を垣間見ることができる。

なぜ国防相は政治家になって以来、夢を失ったのだろうか。夢は勝手だ。時には非現実的であり、その内容は幻想的だ。要は、具体的な日々の生活には直接かかわらないケースが多い。一方、政治家は前夜の夢の内容を議会や報道関係者の前で語ったりしない。政治家に求められている内容は具体的な決定、対応だ。現実の対応が全てだ。5年先、10年先の国防省の改革案より、明日、来年の予算案が重要だ。5年後も彼女が国防相に留まっているかは誰も分からないからだ。

民主選挙で選出された政治家が国家運営をする国では、政治家は長期的な未来を語れなくなってきた。政治家の日程はハードだ。閣僚となれば、通常の数倍のスケジュールをこなさなければならない。時には考えてもいないことを語り、、嫌悪する人を称賛しなければならない状況にも遭遇する。体力的にもしんどい。それらの政治家の日々が夢を奪っていくのだろう。

夢を見ず、熟睡できればいいことだ、という反論もあるだろうが、夢はその人の精神的安定にとっても不可欠だ。夢を見て、これまで心の中で消化しきれなかった内容を処理し、整理できるからだ。そのうえ、様々なアイデアも飛び出してくる。夢学習という表現も聞くが、夢は知恵の宝庫でもある。

昔、夢を見たファラオ(国王)の夢解きをして首相まで出世した人物がいた。エジプトに売られたユダヤ人ヤコブの息子ヨセフだ。睡眠中に見た夢の内容を語り、その夢解きできる政治家が出てくれば、その政治家こそ“21世紀のヨセフ”と呼ばれるだろう。

ウルズラ・フォン・デア・ライエン国防相は、メルケル首相の後継者になるためには、先ず夢を取り戻すべきだろう。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2016年10月25日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。