2016年9月下旬、日銀が異次元緩和に関する「総括検証」を行い、短期金利をマイナス0.1%程度、長期金利を0%程度に誘導する「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を導入した。
これは、主な政策手段を「量」から「金利」に修正し、金融政策を方向転換したことを意味するが、それでも当分の間、日銀が相当な量の国債を購入していくことに変わりはない。
日銀が国債を購入すれば、その分、日銀以外の民間銀行などが保有する国債が減少する。このため、「日銀が国債を買い切ってしまえば、財政再建は終了する」旨の言説がネット上で一時流行したが、これはウソで誤解である。
詳細は拙著『預金封鎖に備えよ マイナス金利の先にある危機』をご覧頂きたいが、政府部門を「夫」、日銀を「妻」に喩える場合、大雑把な見方としては以下のように説明できる。
まず、夫(政府部門)が発行した借用証書が「国債」だが、金融政策により、それを妻(日銀)が買い取り、別の借用証書に等価交換している。この等価交換した借用証書が「準備(日銀当座預金)」だが、これは妻の債務である。
例えば、夫(政府部門)が発行した借用証書が1000兆円で、そのうち400兆円を妻(日銀)が買い取り、別の借用証書400兆円に等価交換する場合、確かに夫の債務は600兆円に減少する。だが、妻の債務が400兆円に増加するので、夫婦合計(統合政府=政府部門+日銀)の債務が減少することはない。この家計の債務合計は1000兆円(=600兆円+400兆円)である。
妻(日銀)の債務400兆円に対する債権者や、夫(政府部門)の債務600兆円に対する債権者が債権を放棄しない限り、この家計の債務合計1000兆円は減少しない。現実のケースでは、「準備(日銀当座預金)」は郵貯銀行や民間銀行などの資産の一部であり、それは我々の預金などを原資としている。このため、妻(日銀)の債務400兆円に対する債権者が債権放棄すれば、我々の預金などの一部が消滅することを意味する。
なお、いまは国債金利も、超過準備(=日銀当座預金-法定準備)の付利も概ねゼロのためにコストが顕在化していないが、デフレ脱却後、日銀のバランスシートの負債側にある現金と準備(日銀当座預金)は、物価が何倍にもならなければ維持不可能なものであり、日銀はバランスシート縮小のために保有国債を減少させるか、バランスシートの規模を維持する代わりに準備(日銀当座預金)に対する付利を引き上げたり、法定準備率を引き上げる必要などが出てくる。
そのとき、財政赤字を無コストでファイナンス可能な状況は完全に終了し、巨額な債務コストが再び顕在化するわけで、財政再建にマジックはない。
(法政大学経済学部教授 小黒一正)