上場企業を“うつ病製造装置”にする「予算制度」 --- 牧野 雄一郎

アゴラ

電通の過労自殺問題もあって政府の「働き方改革」が人々の耳目を集めている。働き方改革の大義名分は非正規雇用者の処遇改善、ワークライフバランスによる付加価値生産性の向上、不足する労働力の確保などである。それらは決して間違ってはいないが、もう一つ働き方の課題として忘れてはいけないのがメンタルヘルス問題である。

厚生労働省が毎年調査している「労働安全衛生調査」によると、「メンタルヘルスを理由として1ヶ月以上休業した社員」のデータが載っている。

簡単に状況を把握すると全国で0.4%の労働者がメンタルヘルスを理由に「1ヶ月以上の休業」をしているに陥っている。これはおよそ5,700万人と言われる日本の労働人口に単純に当てはめると、約23万人という規模である。

大企業のほうが危機的なメンタル休業

しかし、この内訳を事業所の従業員規模別に見ると様相が違ってくる。労働者1000人以上の事業所、いわゆる大企業ではその比率が0.8%と突出して高いのだ。次いで500-999人規模の事業所では0.6%、300-499人規模では0.5%と減っていき、中小〜零細企業では0.2~0.3%程度になっている。

経済産業省の統計によれば概ね全就労人口の23%は大企業に、残り77%が中小零細企業に属すると言われるので、おおまかに計算すると全23万人のメンタルヘルス休業者のうち「約40%は大企業に所属している」と考えられる。大企業は日本の“うつ病製造装置”ではないだろうか。

私は以前、従業員数が2万人超の大企業に勤めていたが、メンタル不調になる人はかなり多かった印象がある。だいたい20人に1人は不調で、そのうち数名に1人は休職、または退職となっていた。私自身も休業まではいかなかったが2回ほど不調になったし、さらに言えば私が初めてその会社で配属された部署の直属上司はメンタル不調で自殺した。

なぜこれほど大企業のメンタルヘルスは危機的な状況なのか

先日、「電通新卒社員は時給2269円?」でも書いたが、大企業に入ると、会議のための打ち合わせ、必要以上の根回し、無駄な資料作りに明け暮れることは多く、本当の意味で顧客価値を高める仕事に従事できないケースがある。しかしそもそもそのような過重残業や無駄な労働を生み出している真因はなんであろうか?

私が以前からその原因として考えているのが上場企業固有の「予算制度」である。上場企業は四半期毎に株主への適切な事業情報の開示を行う義務、いわゆる四半期決算制度が存在する。

上場企業で決算を3か月毎に行うのは膨大な手間であり、現場では予算編成、実施計画作成、実績報告、予実比較、差異分析と報告が毎月のように発生する。当然のことながらその都度、予算の積み増し、実績の積み増し、その対策がエンドレスで続くため休めるのは「もう諦めるしかない決算期末前の2週間だけ」だ。

その結果、無駄な資料作りのみならず、四半期目標を達成するために○○対策会議、○○特命チームなるものが季節の風物詩としてにわかに誕生し、忘れた頃に消えていく。そうして本社が現場に横やりを入れて事業活動の連続性を分断し悪循環を生み出す。

予算の作成やそのプロセスは全て内部統制によって規定されているため、前例の無い行動や業務を省略することははばかられる。「経営の数値」という顧客に直結する実感の無い仕事、数値のための仕事、コンプライアンスの遵守に奔走されることで前述した多くの無駄な労働が発生している。

予算制度は成長余力も落とす

日本の上場企業はイノベーションを起こせないと言われて久しい。その原因の一つにこの「予算縛り」があることも無視できない。全ての予算は「対前年比」で作られる。対前年比予算が全ての実行計画に落とし込まれるため、例えば製造業であれば、新製品は「対前年比」でどう仕様アップしたのか、どうコストダウンしたのか、どれくらい売れるのかが求められる。自ずと安定的な売上が見通せる「既存製品をベースとした改良製品」を、改善してコストダウンし、去年より多く販売するという目標が設定される。

市場を創造するような大胆な製品は「対前年の指標」が無いため、リスクがあり、事業上投資することの合理的説明ができない。絶対的権限を発揮するオーナー型社長下であれば胆力を持って新規投資できるが、サラリーマン社長ではその決断が「株主に説明できない」という理由で却下される。

会議をより美しく実施するための無駄な資料作り、必死で頑張ったフリをする対策チーム・対策会議は企業の成長力をさらに落とすだけでなく、徒労感を生み出して働く人の心もむしばむ。メンタルヘルスで休業した人が完全に復職できるケースは少なく、ご家族も含めて人生設計が狂うケースは多い。私はこれを某党の失言となぞらえて「人を殺すための予算」と表現したい。

上場企業社員が究極的にメンタルを守るには

上場企業はこのようなメンタル崩壊や東芝・シャープを始めとした経営危機やリストラが散見されるハイリスク・ローリターンな雇用環境になり始めている。上場企業の予算制度を呪っても仕方ないが、自分のメンタルヘルスを維持したければ、「日本人的な空気を読む」事をやめて正論を言う気骨ある企業人になること。そして会社を終の棲家などとは信用せず、いつでも転職や独立するだけの技量を自分に厳しく求めていくことだ。

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牧野 雄一郎
原価管理コンサルタント 中小企業診断士 事業再生アドバイザー
アゴラ出版道場一期生

大手精密機器メーカーにて原価管理、調達部門を通じて、コストダウンと事業構造改革に従事。
独立後は中小企業の原価管理、事業再生のコンサルタントを行っている。


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