電通過労死自殺のニュースから3週間。東京労働局が抜き打ち調査に入り、メディアの報道、ネット上の話題も尽きず、社会的関心の高さを示しています。
電通と言えば広告代理店ですから本来はクリエイティブな仕事であるはずですが、日本のデザイナーやエンジニアを始めとするクリエイティブ人材は超過労働がつきものになっており、日本の付加価値創出を行っている人材のありかたとしては残念な傾向が続いています。
さて、電通を始めとした大手広告代理店業界と言えば、誰もがうらやむ高収入というイメージがあります。私は経営コンサルタントとして主に中小企業の財務分析と原価管理を指導しています。その際にまず始めに見るのが、付加価値と人件費の関係です。
今回のニュースに同世代のビジネスパーソンも他人事ではないと関心を持った方も多いでしょう。若手の会社員の方向けに、電通社員の「高収入」を、時給という観点から、日本企業の働き方を見直してみたいと思います。
実は、その会社が儲かっているかは、付加価値と人件費のバランスをみればたいていわかってしまいます。
付加価値といってもピンとこない人もいるかもしれませんが、例えば800円の商品を仕入れて1,000円で売れば、付加価値は200円となります。企業の売上から仕入れ原価を引いた価格というわけです。
しかし電通は様々なサービスを持つ大企業であるために付加価値を概念的に捉えるのは難しいので、わかりやすい指標として今回は社員の時給を見てみましょう。
私は企業の原価分析をする際に、経営者や従業員の方の時給を引き合いに出し現実的なコスト感覚を捉えています。
電通新卒社員の給与と時給を推計してみる
就職活動支援サイトのリクナビにおける電通 新卒2017年採用ページの情報によると新卒社員の条件は
基本給24万円、標準勤務時間9:30-17:30(7時間+休憩1時間)、完全週休二日制(土日休み)、その他各種休暇制度あり、賞与年間2回となっています。
(※参照URL https://job.rikunabi.com/2017/company/employ/r749400081/)
賞与には様々な憶測がありますが、ネットでの情報を総括すると概ね新卒では6ヶ月分程度と想像できます。
さらに1日の標準労働時間は7時間となっています。中小企業は8時間、上場企業でも7.5時間のところが多いですが、電通は7時間となっています。年間勤務日数は土日・祝日、最低限の夏期・正月休暇を加えると通常出勤日数は240日ほどと考えられます。
さて、この段階で電通新卒社員の給与と時給を整理すると、年収=基本給24万円x(12ヶ月+賞与6ヶ月)=432万円、労働時間は7時間x240日=1,680時間ですので時給=432万円/1,680時間=2,571円となります。
さらに残業代を加味してみましょう。残業は一般的に基本時給の1.25倍と規定されています。しかし実際には、22時以降は1.5倍になるなどの細則があります。
電通では大量の残業が発生し深夜にも及ぶことが多いと考えられますから、平均して1.35倍として計算してみましょう。すると残業代の平均時給は2,571円x1.35倍=3,471円となります。
今回の過労自殺で亡くなった方の月の残業時間は様々な情報がありますので推測になりますが、電通では平均的に100時間というのは妥当なようです。
このように見ると1ヶ月あたりの残業代は3,471円x100時間=347,100円と、基本給を優に上回ります。
年間1,200時間の残業をすることで、年収は8,485,200円となります。
さて、ここまでの総労働時間は1,680+1,200=2,880時間ですから時給は総年収÷2,880時間=2,946円となります。
しかし、日本において、800万円超の所得がある場合は、健康保険、厚生年金、雇用保険、住民税、所得税で概ね年収の20~25%程度が額面から控除されます。ここでは厳密な計算は省きますが、私も前職のサラリーマンとしてほぼ同等の給与を貰っていた時期がありますので経験則から言えることです。
仮に23%が控除されると電通新卒社員の手取額は8,485,200×0.77=6,533,604円となります。
一般的な新卒社員の社会的年収に対してはだいぶ多い金額となりますが、ここで改めて年間労働時間の2,880時間で割ってみると1時間あたりの手取額は2,269円となります。トップレベルの大学を卒業し、熾烈な就活戦線を勝ち抜いて得た電通入社というポジションにしてはいささか少ないと感じるのではないでしょうか?
さらに言えば、電通は大手上場企業をクライアントとして、経営幹部への提案や調整、扱う内容の重大さ、アウトプットのクオリティ、そして取引金額も多いでしょうから、並大抵のプレッシャーの仕事ではありません。
しかしそれほどのプレッシャーを乗り越えて実現した仕事の割に時給が低いなと感じる違和感はどこにあるのでしょうか?
私は社会的な残業問題をどうすべきかについてここで個別の論理を述べるつもりはありません。また、日本の組織や年功序列制度や新卒一括採用、それぞれにメリットとデメリットがあり、ここで結論を出すつもりも毛頭ありません。
あなたは仕事で「付加価値」を生み出しているか?
しかし社会人として一つだけ覚えておかなければいけない事があるとすれば、給与というのはその人が会社を通じて得た「付加価値」に対して払われるモノだということです。
社会に出る人々が気にすべきは初任給やボーナスではなく「1時間ごとに、その給料を貰うに値する付加価値を出すことができたか?」という商売感覚なのです。
電通に限らず典型的な日本企業に入れば、無駄な資料作りや、必要以上の根回し、会議のための打ち合わせなどに奔走される事も出てくるでしょう。
そんな時に「この仕事は付加価値を生み出しているか」、「顧客のためになっているか」、「社会意義があるか」という視点はとても重要です。
付加価値を増やす仕事は、顧客のためになり、社会的意義もあり、転職のキャリアとしても優位になるなど、結果的に報われるものです。日本の労働生産性が少しでも改善するには、社会的にそうした積み重ねが不可欠でもあります。
しかし顧客価値を何も生まない無駄な会議や資料作りは、社内の内部コストを増やすだけで何年やっても社会的意義もなければ転職の好材料になりません。
電通の過労自殺事件をきっかけに働くことや就職すべき会社について深く考え直した就活生も多いかと思います。就活生に限らず、社会人、そして経営者は「時給」という視点を持つことによって成長と社会への関わりを得られることを覚えておきましょう。
牧野 雄一郎
原価管理コンサルタント/アゴラ出版道場一期生
大手精密機器メーカーにて17年間にわたり、原価管理、コストダウン、調達の仕事に携わる。述べ100種類以上の製品の原価計算のみならず、事業全体、工場全体、取引先企業全体のコスト構造を丸裸にして構造改革につなげるノウハウを持つ。独立後は年に100件を越える決算書を分析し、儲かる企業の傾向は原価管理にあると確信をする。中小企業診断士、事業再生アドバイザーの肩書きも持っており、公益財団法人「神奈川産業振興センター」の経営アドバイザーではナンバーワンの指名率を誇る。
アゴラ出版道場、第1期の講座が10月に開講しました。11月中旬の編集者オーディションに向け、受講生が鋭意奮闘中です。
12月からは毎月1度のペースで入門セミナーを開催します(次回は12月6日開催予定。すでにお申し込みの方が増えております)。
なお、次回の出版道場は、来春予定しています。