【映画評】PK ピーケイ

渡 まち子

留学先のベルギーで大失恋したジャグーは、現在は母国インドに戻り、テレビ報道局で働いていた。彼女はある日、さまざまな宗教の飾りを身に着け、大きなラジカセを持ってチラシを配布する不思議な男と出会う。PK(ピーケイ)と名乗るその男は神様を探していた。興味を持ったジャグーは彼を取材することにするが、世間の常識を全く知らないPKが語る話はにわかには信じられないものだった…。

無垢な男が宗教に対する疑問をストレートに投げかけ、いつしか社会全体を動かしていく様を描くインド映画「PK ピーケイ」。日本でも大ヒットを記録した「きっと、うまくいく」の監督と主演が再タッグを組む本作は、奇想天外な設定ながら、宗教を皮肉り、信仰の本質を問う、上質のエンタテインメントだ。PKは実は宇宙人。嘘や不正がない世界から来た彼は、地球にやってきたとたんに、宇宙船への連絡手段であるリモコンを盗まれてしまうのがコトの発端だ。何とかリモコンを返してもらおうと神様に頼もうとするが、地球のことを何も知らないピュアなPKには、多宗教のインドの実態は疑問だらけ。いっさい白紙の状態の主人公を通して、宗教そのものの在り方を問うスタイルが上手い。仏教、ヒンズー教、イスラム教、キリスト教…と、あらゆる宗教が同居するインドの宗教事情は日本とは比べ物にならないほど複雑で、その矛盾にズバリと切り込むのだから勇気がある。しかも、神や信仰そのものは決して否定していない。多くの宗教が互いに憎しみあったり、導師、教祖、神父などの神の代理人が献金や不正に左右されたりの“ニセモノ”の行為に「なぜ?」と素朴な疑問を投げかけるのだ。

誰もが思っていながら、なかなか口に出しては言えないことを、本作は、ユーモアたっぷりに、時に歌や踊りを交えて物語る。さらにインドとパキスタンの難しい関係を、恋愛にからめて描き、PKのピュアな恋もまた、相手の幸せを心から願うもので感動的だ。さまざまなジャンルをクロスオーバーしながら、宗教を皮肉る風刺が効いた社会派映画なのに、堅苦しいところは微塵もなく、インド伝統のマサラ・ムービーならではの明るさを保っているこの映画、滅多にお目にかかれない娯楽映画の快作だ。主演を務めるインド映画界の大スターのアーミル・カーンは、本当に納得がいく優れた脚本にしか興味を示さないそうだが、それが頷ける秀作に仕上がっている。
【85点】
(原題「PK」)
(インド/監督/アーミル・カーン、アヌシュカ・シャルマ、スシャント・シン・ラージプート、他)
(社会派度:★★★★☆)


この記事は、映画ライター渡まち子氏のブログ「映画通信シネマッシモ☆映画ライター渡まち子の映画評」2016年11月3日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。