「もしもし、こちらは法王です」

南米出身のローマ法王フランシスコは席を温める暇がないほど活動的だ。外遊していない時は法王室から電話している感じがするほどだ。決して高位聖職者の枢機卿や司教たちとのコミュニケーションだけではない。最近はイタリア中部地震で家屋を失った犠牲者に電話し、励ましの言葉をかける一方、刑務所にも電話を入れ、囚人に人生問題を語り掛けている、といった具合だ。

▲「ローマ法王に就任以来、電話をかけまくるフランシスコ法王」(ウィキぺディアから)

フランシスコ法王が法王に就任した直後、彼はローマからアルゼンチンのブエノスアイレス大司教時代(ホルへ・マリオ・ベルゴリオ枢機卿)によく通っていたキオスクのおばさんに電話して、「おばさん、私は先日、コンクラーベ(法王選出会)でローマ法王に選ばれたから、予約していた新聞はもう読めなくなった。だから、新聞の予約を止めることになったよ」と説明、新聞購読の突然の中止を謝罪しながら連絡している。

もちろん、キオスクのおばさんは法王の声を知っているから、「ああーあんたか。残念だが、法王様になってしまったから仕方がないね」といった会話が考えられる。一方、電話を突然受けた囚人や地震の犠牲者たちは、「ローマ法王から電話が入っていますよ」といわれ、電話番号の間違いだと先ず考えるだろう。気分がその時良くなかった囚人ならば、「俺を馬鹿にするつもりか」と文句を吐いてガチャーンと電話を切ってしまうかもしれない。バチカン放送独語電子版(3日)によると、フランシスコ法王は先月、刑務所に電話をかけ、囚人とコンタクトをとっている。彼らの中には終身刑を受けた囚人もいたという。

誰にも電話し、話しかけるローマ法王は近代の歴代法王にはいなかった。世界を飛び回り、“空飛ぶ法王”と呼ばれた故ヨハネパウロ2世もその会話相手は主に政治家であり、外交官だった。キオスクのおばさんや囚人たちではなかった。フランシスコ法王は米国とキューバの両国関係を調停し、両国から感謝されている一方、政治家や外交官ではない普通の人間と積極的に会話している。

法王庁の地元、イタリアで地震が多発している。フランシスコ法王は4日、イタリア中部のノルチャの Renato Boccardo 大司教に早速電話を入れ、地震の犠牲者への励ましの言葉を依頼している。ノルチャでは多くの住民が地震で家を失っている。同大司教は住民の不安と懸念を法王に報告。それに対しローマ法王は「楽天的に考え、希望を失わないように住民を鼓舞してほしい。もちろん、建物は大切だ、実際、非常に大切だが、もっと大切なものがあることを思いだしてほしいと伝えてほしい」と語っている。

アフリカ大陸から多数の難民が地中海のペラージェ諸島にあるイタリアの最南端の島ランべドゥーザに殺到していると聞くと、フランシスコ法王はその島に行って難民に語り掛けるとともに、欧州諸国に対しては「欧州のボートはまだ一杯ではない」と述べ、難民の受け入れを要求している。来月17日で80歳を迎える法王は就任以来、飛び歩き、電話をかけまくっているのだ。

フランシスコ法王の歩みを振り返っていると、宮沢賢治の「雨ニモマケズ」の詩を思い出した。

東に病気の子供あれば、行って看病してやり
西に疲れた母あれば、行ってその稲の束を負い
南に死にそうな人あれば、行ってこわがらなくてもいいといい
北に喧嘩や訴訟があれば、つまらないからやめろといい……

「もしもし、こちらはローマ法王ですが……」という老人の声が受話器から聞こえたら、どうか電話を切らないでほしい。ひょっとしたら、本当にフランシスコ法王からかもしれないからだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2016年11月6日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。