お前はもう離婚されている!

荘司 雅彦

拙著「本当にあったトンデモ法律トラブル」(幻冬舎新書)でご紹介した、とある事例が既婚男性諸氏に衝撃を与えているそうです。詳細は省きますが、勝手に離婚届を出していた妻が2年以上も「夫にとっていい女房」を装っていたという事件です。

「離婚届を出すくらい嫌いな夫と同居しているだけでも苦痛だろうに、平然と「いい女房」という仮面を被っていたなんて信じられない」という意見が多数ありました。

確かに、離婚届を勝手に出してしまった後も、平然と従来通りの生活を続ける人は珍しいかもしれません。しかし、既に離婚意思を固めながらも「離婚を切り出す時期」をじっと待っている妻は思いの外多いのです。

熟年離婚とは、20年以上の結婚生活の後で離婚する場合を指すのが一般的です。そして、熟年離婚は妻からの突然の離婚宣言によって起こる場合は極めて多く、私が扱った熟年離婚案件のほとんどが、妻からの突然の離婚宣言がキッカケでした。宣言どころか、前著でも書いたように「ある日突然いなくなる」という実行先行型パターンもかなりありました。

なぜ、熟年離婚では妻からの離婚宣告が多いのでしょうか? その理由は、離婚を決意した妻が「然るべき時期」が来るまで我慢しているからです。社会問題となっている子供の貧困の家庭の多くがシングルマザーであるように、今の日本社会はワーキング・シングル・マザーにとって、とてもとても厳しい環境です。ですから、子供が成長するまで離婚を躊躇する妻が(夫たちが考えているよりはるかに)多いのです。また、退職金を待ってから離婚を切り出す妻もいます。大企業や役所だと千万単位の退職金が出ることが多いので、「あと数年くらいなら待とう」と考えるのは当然のことでしょう。

現在、熟年離婚は離婚全体の15%程度で推移しています。仮にその3分の2が「しかるべき時期を待っていた妻からの離婚宣言」がキッカケだとすると、離婚全体の10%は、(妻側からすれば)既に何年も何十年も前に破綻していた結婚の精算儀式ということになります。日本の離婚率は30%以上と言われているので、単純計算すれば、その10%にあたる3%は「長年じっと我慢してきた妻の決意表明」が原因ということになります。

「たった3%か」と言ってホッとしてはいけません。これはあくまで20年以上の結婚生活の後で離婚する場合の数値ですから。熟年離婚未満の85%の離婚の中にも「我慢して一緒にいたけどようやく切り出した」という妻が実に実にたくさんいるのです。

その証拠(と言っても私の経験値に過ぎませんが)として、離婚事件の際に本人に書いてもらう「陳述書」の内容が妻と夫とで明々白々に異なります。「陳述書」とは、結婚生活の内容や離婚を決意するに至った事情などを書面で書いて(弁護士が代筆する場合もあります)、裁判所に提出するものです。

妻の陳述書のほとんどは、何年、何十年前に夫から受けた心身に対する虐待や夫が自分ではなく姑に味方したという不満、たった一度だけの浮気等々の数々が、これでもかというくらい克明に書かれています。清書するのが大仕事になるくらい克明で大量の(依頼者作成の)手書き原稿もたくさんあります。それに対し夫の陳述書の多くは、「真面目に働いて家族を養ってきた自分には非はない。離婚原因は妻の…という性格や行動だ」というお決まりのパターンです。数年前、数十年前に遡る克明な陳述書は滅多にありません。

このように、どの段階で離婚を決意したかは人それぞれですが、決意してから数年、数十年経ってから離婚を宣言する妻がとても多いのが現実です。拙著「嘘を見破る質問力」で書いたように、男性の嘘はすぐにバレるけど女性の嘘はなかなかバレません。表面だけ見て内心を推し量ることに困難を感じる相手はたいてい女性です。ですから、法廷での女性に対する反対尋問には細心の注意を払わないと、かえって藪蛇になるのです。一日数時間しか顔を合わせない夫など、いとも簡単に欺けます。

イギリスの生物学者ロビン・ベイカーは、「平均すると男性の10%は他人の子供を自分の子供と誤解して育てている」と説いています。(私も含め)多くの日本人男性は、日本では10%はあり得ないと考えていることでしょう。しかし、子供が成長するまで我慢している妻が多いという事実を斟酌すると、ワーキング・シングル・マザーに厳しい日本社会での数値は想像以上に高いのかもしれません。

某先輩の家に同僚数人で招かれてアルコールが回った頃合いでした。突然、「私の生きがいはここにいる息子だけなの!」と言った奥さんの真剣な表情が忘れられません。当時、ご子息はまだ4歳くらい…その後のことを今でも密かに心配しています。

荘司 雅彦
幻冬舎
2016-05-28

編集部より:このブログは弁護士、荘司雅彦氏のブログ「荘司雅彦の最終弁論」2016年11月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は荘司氏のブログをご覧ください。