フランスの政治学者オリビエ・ロイ氏(Olivier Roy)は著書「ジハードとその死」の中で、「イスラム教のテロは若いニヒリストの運動であり、宗教的要因はあくまでも偶然に過ぎない」と主張し、波紋を呼んでいる。オーストリア日刊紙プレッセ(21日付)はロイ氏のイスラム教テロリスト論を掲載している。以下、それを参考に、「イスラム過激派のニヒリスト説」を紹介する。
ロイ氏は、「われわれはイスラム教の急進化ではなく、急進主義のイスラム化を目撃している」という。そしてイスラム自爆テロリストをドイツ赤軍(RAF)やクメール・ルージュ(赤いクメール)と並列し、「イスラムのテロリストの中心的原動力は宗教的狂信ではなく、ニヒリズムにある」と強調している。
イスラム教過激テロの背後には、聖典コーランの過激な解釈の影響があると受け取られてきたが、ロイ氏は、「イスラム教の過激な解釈は付け足しに過ぎない。問題はテロリストがニヒリストであり、ノー未来派の世代に属する若者たちだからだ」と主張しているのだ。
ロイ氏は、「ノー未来派世代のイスラム系移民出身の自爆テロリストは死に魅力を感じている。彼らは終末的な世界に生きている。終末は大歓迎なのだ。彼らは自身のニヒリズム的状況を世界的な状況と重ね合わせることができるからだ」と説明する。
ロイ氏の「過激派のイスラム化説」は非常に啓蒙的だ。ロイ氏は昨年の欧州のイスラム過激派テロ事件について、「テロリストにとって死は決して副産物ではない。彼らは死を願っていたのだ。イスラム教の伝統では、聖戦による死は称えられるが、自身から願う死は称賛しない。サラフィストも同様だ。彼らは自殺を厳しく批判する」と指摘し、「暴力的、破壊的な過激主義は宗教の急進主義の結果ではない」と繰り返し主張している。
欧州のニヒリズムの台頭について、ローマ・カトリック教会の前法王べネディクト16世が5年前に警告を発している。ベネディクト16世は2011年11月6日、「若者たちの間にニヒリズムが広がっている。神やキリストが関与しない世界は空虚と暗黒で満ちている。残念ながら、青年たちは無意識のうちにニヒリズムに冒されている」と述べ、ニヒリズムを恐ろしい「死に至る病」と喝破している。
ニヒリズム(独語 Nihilismus)は「虚無主義」と日本語で訳される。既成の価値観を信頼できず、全てのことに価値を見出せず、理想も人生の目的もない精神世界だ。フリードリヒ・ニーチェは、「20世紀はニヒリズムが到来する」と予言したが、21世紀を迎えた今日、その虚無主義はいよいよ拡大してきたのだ。欧州の自爆テロリストの世界にそれが見られ出したというわけだ。ちなみに、欧州でニヒリズムと共に、不可知論が拡大しているが、その世界はニーチェがいう“受動的ニヒリズム”といって間違いないだろう。
それではどうしたらニヒリズムを克服できるのか。これは現代社会の緊急課題だ。人生に目的と意味を与える思想、ビジョンの登場が願われる。その意味で、オーストラリアのメルボルン出身の哲学者ピーター・シンガー氏(Peter Singer)の“効率的な利他主義”に大きな魅力を感じている。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2016年11月23日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。