ヒラリーがトランプを全米得票数で上回った本当の理由

渡瀬 裕哉

全米総得票数でヒラリーがトランプを上回っても無意味

大統領選挙の全米総得票数でヒラリーがトランプ氏を上回る結果となりました。この一事をもってヒラリーに民主的な正統性があるかのように主張する人々がいます。

しかし、重要なことは「ヒラリーは選挙に負けた」ということです。

民主主義国家では、選挙の前提として法律によってルールが設けられており、各候補者はそのルールに従って選挙活動を行っているという当たり前の現実があります。

ヒラリーがトランプ氏に総得票数で上回って選挙人数で負ける、という構図については「ふーん」という参考値程度の話題でしかなく、殊更取り上げて重要視するほどの意味はありません。

選挙活動はルールに最適化された戦略に基づいて実施される 

選挙はルールが決まった民主主義の試合です。そして、完璧なルールは存在せず、その時点で人々が妥当と認めているルールで行われることになります。そのため、事前に決められたルールを熟知した上で、各候補者陣営によって勝利に向けて最適化された戦略が採用されます。

米国大統領選挙は各州ごとに割り振られた選挙人の過半数を獲得する競争です。そのため、既に過去の記録から勝敗が決定している州よりも、スウィング・ステイト(接戦州)と呼ばれる州の勝敗で決着がつくことは誰の目から見ても明らかなことです。

当然、トランプ・ヒラリー両陣営ともに同じルールの中で選挙を行います。したがって、本来であればヒト・モノ・カネ・情報を戦略的に接戦州に投下してくことになります。そして、戦略の良否は最終的に各州における得票数に反映されることになります。

民主党陣営の選挙は「死ぬほど下手くそだった」ということ

ヒラリー陣営はトランプ陣営に比べて選挙キャンペーンに圧倒的な資金を投入しましたが、最終的な選挙人数獲得数でトランプ氏に大敗北を喫することになりました。

しかし、全米での得票数はヒラリーがトランプ氏を上回った状況となっています。これは何故でしょうか。

各州ごとに最終得票数を比較してみた場合、両者の得票差はカリフォルニア州の得票差によって生まれたものであることが分かります。

全米得票差は200万票差でヒラリー勝利、カリフォルニア州の得票差は400万票差でヒラリー勝利(同州のヒラリー総得票数802万票)です。つまり、ヒラリーの全米得票数での勝利の要因はカリフォルニア州による得票差で説明可能です。

しかし、カリフォルニア州でヒラリーが勝つことは世論調査上元々揺るぎない状況でした。そのため、同州でヒラリーが大量得票をしても選挙戦全体には何の影響もありません。

むしろ、2012年のオバマVSロムニーのカリフォルニア州での得票差は300万票(ヒラリー総得票数785万票)なので、ヒラリー陣営の選挙は西海岸で勝敗に関係が無い無駄な盛り上がりを見せていた、ということが言えます。

ヒラリー陣営は2012年オバマと比べて、アリゾナ、ジョージア、テキサス、ネバダ、フロリダなどで獲得票数を大幅に伸ばしていますが、ネバダ・フロリダ以外の得票増は完全に戦略ミスだったように思われます。

投票日近くのヒラリーの動きを見ても従来までの共和党の鉄板(レッド・ステート)をひっくり返すため、ジョージアやアリゾナにヒラリー自らが足を踏み入れて集会を実施していました。

これは勝利を確信していたヒラリー陣営が歴史的大勝を狙った驕りの表れでしょう。最終的な結果はそれらのレッド・ステートは従来通りの共和党(トランプ)勝利となり、ヒラリーの積極的な選挙キャンペーンは人材・時間・資金の全てをドブに捨てたことになりました。

トランプ陣営の各州選挙結果に見る試合巧者ぶりについて

トランプ陣営の選挙戦略は各州ごとに検証すると極めて明確なものだったと評価できます。

トランプ陣営の得票結果を見ると、ヒラリー優勢が明白であったカリフォルニア州を完全に捨てていたことが分かります。同州でトランプ氏は2012年のロムニーよりも65万票近い得票減という憂き目にあいました。しかし、カリフォルニア州はどうせ負けることが分かっていたため、トランプ氏にとっては大統領選挙の勝敗とは何の関係もない得票減でしかありませんでした。

また、その他の州でもトランプ氏がロムニーと比べて得票数を減らしたほぼ全ての州は元々民主党・共和党の勝敗が決している州ばかりでした。これらの州に勢力を投入しても結果は変わらないので、実に見事な手の抜きぶりであったと思います。

つまり、トランプ氏は、勝敗に関係がない州からの得票を減らしつつも、勝利に直結する州についての得票は着実に増加させていた、ということになります。これはトランプ陣営がメリハリをつけた選挙戦略を採用しており、その結果が得票数という形で如実に表れたものと推測できます。

また、トランプ陣営は費用対効果が不明瞭なテレビCMではなく、費用対効果が明白なネット広告に当初から予算を大きく割いてきたことも大きな勝因の一つとなったものと思います。

以上のように各州の得票数から、戦略と集中、という経営学の教科書のような選挙をトランプ陣営が行ってきたことは明らかになりました。大手メディアが支援するヒラリー陣営の惰性的で驕慢に満ちた選挙戦略とは明確な違いがあったと言えるでしょう。

総得票数で勝負する選挙でもトランプは勝利していただろう

何度も言いますが、選挙はルールが決まった民主主義の試合です。トランプ陣営はヒラリー陣営よりもルールを熟知した上で優れた選挙戦略を実行しました。

筆者は「全米の総得票数を争う選挙」であったとしてもトランプ陣営が勝利したものと予測します。冒頭にトランプ氏が自身のTwitterで述べていた通り、トランプ氏がカリフォルニア、NY、フロリダでのキャンペーンに力を入れれば大幅に得票が増えたことは明白だからです。

上記の通り、ルールを熟知した試合巧者が勝利するゲームが選挙です。

「総得票数が多い者が勝つ」というルールならば、トランプ陣営の優秀なスタッフは総得票数で勝利とするために最適な戦略を採用し、ヒラリーを上回る得票を獲得する戦いを行ったことでしょう。

選挙人獲得競争のルールの中で、総得票数で上回って選挙人獲得で負ける、ことが意味していることは1つです。それは、ヒラリーの選挙戦略を立案したスタッフが無能であり、トランプ陣営はヒラリー陣営と比べて極めて優秀だったということだけです。

以上のように、「総得票数でヒラリーが勝っていた!民主的正統性がトランプに欠けるのでは?」という疑問は、選挙というルールを前提にした場合は愚問だと言えるでしょう。事前に決められたルールの中で候補者がベストを尽くす、民主主義社会における選挙とはそういうものだからです。

 

本記事の内容は所属機関とは関係なく渡瀬個人の見識に基づくものです。取材依頼や講演依頼などはyuya.watase02@gmail.comまでお願いします。※アイキャッチ画像はCNNより引用。


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