トランプ効果で金融緩和の影響度が強まることも

久保田 博幸

9月21日に日銀が金融政策決定会合で決定した金融緩和強化のための新しい枠組み「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」で日銀はいったい何をしようとしているのか。米大統領選挙でのトランプ氏の勝利が金融市場を取り巻く環境が大きく変化しつつあり、これを踏まえて考えてみたい。

日銀は9月21日に金融緩和の「総括的な検証」を行っている。このなかで、2%の物価目標が実現していない理由を指摘している。当初は「予想物価上昇率の引き上げ」と「名目金利の引き下げ」による実質金利の引き下げが経済を刺激し、物価が上がるというメカニズムが働いたとした。それにより実施1年後には消費者物価は1.5%に上がったと結論づけた。

物価の上昇基調は2013年4月の量的・質的緩和の決定のタイミングですぐに上向きはじめたように見える。タイムラグもなしに上向いたのは、大胆な金融緩和による予想物価上昇率が引き上げられたというよりも、外部要因によるものとの説明のほうが適切ではなかった。急激な円安と消費増税前の駆け込み需要等の要因で説明すべきではないのか。

事実、日銀は物価が下がった要因について、2014年夏以降の原油価格の下落と消費税率の引き上げ後の需要の弱さ、2015年夏以降の新興国経済の減速とそれを受けた世界的な金融市場の不安定化という逆風を指摘し、この外部要因で実際の物価上昇率が低下してしまったとしている。それならば物価の上昇も外部要因で説明すべきものではないのか。

つまり日銀による大胆な金融緩和だけで物価が動かせるものではない。金融政策はあくまで経済や物価の悪化を食い止めるための金融市場を通じた環境作りでしかなく、金融政策そのものが景気や物価を動かすものではない。

ただし、この環境が変化すると金融政策の影響度が強まることも考えられる。金融政策ではなく外部環境がもしデフレ脱却の方向に向かいつつなれば、金融政策がそれを加速させることになる。ここにきての円安や米国株式市場の上昇もあっての東京株式市場の上昇は、それを予感させるものとなる。

環境が変わると日銀の金融政策の影響にも変化が出てくる。金利については無理に引き下げても、実体経済に上向きの力がなければ生かされない。ところが実態経済に上向きの力が加われば、それに応じた金利上昇が予想されるが、それを日銀のイールドカーブ・コントロールで押さえつけることとなる。

いわゆる「金融抑圧」や「高圧経済(high-pressure economy)」といった状況を強めることが予想される。実体経済に即した金利形成を阻害する形だが、それは景気そのものの回復力を強めることも予想される。しかし、これはなかなか危険な賭ともなりうる。

日銀は「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」で「イールドカーブ・コントロール」とともに、消費者物価上昇率の実績値が安定的に2%の「物価安定の目標」を超えるまで、マネタリーベースの拡大方針を継続する「オーバーシュート型コミットメント」も打ち出している。つまり2%が見えるまでは、「金融抑圧」や「高圧経済」を続けるということでもある。

実際に外部環境に本当の意味で変化が生じているのかどうかは、今後の経済物価指標等を確認する必要はある。金融政策では物は動かせなくても、その動きを加速させる要因ともなりうることで、今後の外部環境の変化にも注意しておく必要がある。

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編集部より:この記事は、久保田博幸氏のブログ「牛さん熊さんブログ」2016年11月29日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。