モスクワ発情報には注意を

安倍晋三首相とロシアのプーチン大統領の日露首脳会談を間近に控え、ロシアの得意の情報工作が展開されている。当方は先日のコラム「ソ連国防相ヤゾフ氏の北方領土」の中でも言及したが、ロシアから2つの暗いニュースが流れてきた。1つは、日本側が提案した8項目の経済協力プランの担当閣僚だったウリュカエフ前経済発展相がロシア捜査当局に収賄の疑いで刑事訴追されたというニュース、2つ目は、ロシアは先月22日、地対艦ミサイルの北方領土配備を公表した、という情報だ。

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なぜこの時、ロシアからこのようなニュースが流れてきたかという問題はとても興味深いテーマだ。考えられるシナリオは、①プーチン大統領が北方領土で日本側の要求に屈して譲歩しないように牽制するため民族派の情報攻勢、②日本から経済支援を受け、経済関係を強化するため日露首脳会談に意欲を見せているプーチン氏は安倍首相を牽制し、経済協力だけを得て、領土問題は継続審議することで幕を閉じたいという狙いがある、という解釈だ。排除すべきシナリオはプーチン大統領が国内の民族派とリベラル派の対立の狭間で苦慮しているという見方だ。

プーチン大統領は権力を完全に掌握している。北方領土問題でも本人が願えば、返還に応じることができるが、大統領自身に応じる考えがない。ただし、安倍首相と会談する以上、最低限の政治的ジェスチャーが不可欠だ。最大限の経済支援を日本から受け取るために北方領土の返還交渉に応じる姿勢を示唆せざるを得ない。しかし、実際はできない。そこで得意の情報工作となったわけだ。

そこでプーチン氏は、自身を取り巻く政治情勢が急速に悪化してきたことを示唆する情報を流す。プーチン氏は安倍首相の前で、「私は領土返還には柔軟な姿勢だが、国内事情が緊迫してきた」と示唆するだけでいいわけだ。
日本側は、「大統領は領土問題では積極的だが、モスクワの政情が厳しくなってきた」と納得できる、そして北方領土の返還問題は継続審議となる。日本側としてはプーチン大統領を日本に招いた以上、何らかのプレゼントを用意しなければならない。結局、プーチン大統領は領土問題で何も譲歩せず、日本側からプレゼントを頂いてモスクワに帰国するというわけだ。

ロシアの情報工作はロシアがウクライナのクリミア半島をなかば併合して以来、活発化している。欧州諸国はロシアに対して厳しい経済制裁を実施中だ。プーチン大統領は欧州諸国間の結束を分断し、難民収容問題で対立する西欧と東欧の欧州加盟国間の亀裂を深める工作を行っている。最終目的は、対ロシア経済制裁の解除だ。

ドイツ連邦情報局(BND)のブルーノ・カール長官は、「ロシアは欧米で偽情報やプロパガンダを駆使したサイバー攻撃を繰り返し、政治的不安定感を広げようとしている」と警戒を呼び掛けている。具体的には、ロシアの情報放送「Russia Today」(RT)やオンラインの情報通信「Sputnik」が情報工作の手先となっているという。一方、米連邦捜査局(FBI)のジェームズ・コメイ長官も、「ロシアは外部から民主的プロセスを無効にしようとしている」と指摘、ロシアがハッカー攻撃を駆使して米大統領選を混乱に陥れようとしていたと示唆している。

ロシアが欧米諸国に向け情報工作を展開しているとしたら、北方領土問題を抱える日本に対して無策でいるわけはない、と考えるのが通常の思考だろう。

プーチン大統領は情報工作を駆使し、自身に有利な政治情勢を生み出そうとしているわけだ。ソ連国家保安委員会(KGB)出身のプーチン氏にとっては伝統的なやり方だ。モスクワ発の情報には裏があると考えなければならない。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2016年12月2日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。