分かっていても公表せずに懐に収めておくことが情報の世界では大切だ。分かっていることを直ぐにツイッターで発信すれば、国の情報政策が成り立たなくなる。今月20日に第45代米国大統領に就任するドナルド・トランプ氏の話だ。
トランプ氏は大統領選からツイッターを駆使し、対抗候補者ヒラリー・クリントン氏の発言や批判に対し応戦してきた。迅速な対応は情報社会では重要だが、どの情報を流し、どの情報を公表しないかは外交の世界では非常に大切となる。その点、トランプ氏のツイッター発信は米国の外交を混乱させ、マイナスとなる危険性がある、と懸念する。米調査会社が「今年の10大リスク」のトップに次期大統領のトランプ氏の政策を挙げていたほどだ。
最近の具体的な例を挙げる。北朝鮮の最高指導者・金正恩労働党委員長は1日の「新年の辞」で大陸間弾道ミサイル(ICBM)の試射準備が「最終段階に達した」と述べた。その直後、トランプ氏はツイッターで、「北朝鮮が核搭載ミサイルで米本土を攻撃できる能力を持つ事態は起きない」と述べ、北が米本土まで到着可能なICBM開発能力を保有していないことを強く示唆した。
米国は過去、北の核兵器の小型化、ICBMの開発状況について情報をぼかしてきた。必要な時は、「北は核の小型化に近い」と警告を発し、そうではない時は「北にはその能力がない」と一蹴してきた経緯がある。
「必要な時」とは、韓国の対北ミサイル防衛体制問題などが議題となった時だ。韓国の世論を説得するために北の軍事力の脅威を過大評価する情報をワシントンから流す必要がある時だ。
トランプ氏の発言は、北にICBM開発能力がないという米国情報機関の機密情報をそのまま暴露してしまった。トランプ氏の今回のツイッター発信で問題は、間違った情報を流したことではなく、正しい情報を流したことだ。
ちなみに、トランプ氏は大統領選に当選してから米情報機関から国家のさまざまな機密情報のブリーフィングを受けてきたはずだ。金正恩氏と「会見してもいい」と語ってきたトランプ氏は情報機関から北の核開発やミサイルの最新情報についてもブリーフィングを受けたはずだ。だから、トランプ氏は金正恩氏の新年の辞の発言を聞き、即ツイッターで「正恩君、君の国が米本土まで届くミサイル技術を有していないことを知っているよ」と、自信をもって発信してしまったのだ。
フェイクニュースに慣れているトランプ氏は正しい情報の扱いには経験が乏しい。国家の機密情報が外交世界で効果を発揮するのは最適の時、場所が重要だ。正しい情報を間違った時、間違った機会に語れば、効果を喪失するばかりか、外交カードを失うことにもなる。
オバマ政権のアーネスト米大統領報道官は3日の記者会見で、「北朝鮮は核弾頭を小型化しICBMに搭載する技術を保有していない」と、トランプ氏の発言内容を追認する一方、「トランプ氏は軍の司令官たちの意見に耳を傾け、中国やロシア、日本や韓国と実効性のある連携を模索することが重要だ」(ワシントン発共同通信)と助言している。次期大統領に情報の正しい管理を促したものだ。
世界に12億人以上の信者を有するローマ・カトリック教会のフランシスコ法王もツイッターを頻繁に利用する。ツイッター発信は彼の人気を支える大きな武器となっている。世界最強国の大統領に就任するトランプ氏もツイッター発信が多いが、大統領就任後はその使用頻度を減らすべきだろう。世界に不必要な誤解と懸念を広げないためにも。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2017年1月8日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。