大企業の誰も守らない行動指針 --- 牧野 雄一郎

アゴラ

東芝が昨年の巨額赤字決算に続き、今期も決算期を乗り越えられるのかと揺れている。1月10日は銀行団への説明会があり、主要行はこの債務超過寸前の会社に対して融資を継続することで大筋合意したようだ。

どんな企業も全ての事業活動は人の判断や行動によって成り立っている。私は企業の経営コンサルタントを行っているなかで、その企業を正しく理解するために経営理念をよく参照する。改めて東芝とはいったいどんな会社なのか。東芝の経営理念には以下の言葉が並ぶ。

「人を大切にします」「豊かな価値を創造します」「社会に貢献します」

企業が人を大切にするのは当たり前だし、社会に貢献するのも当然だ。一方で「豊かな価値」とは一体何だろう。スローガンには「人と、地球の、明日のために」と曖昧な言葉が並ぶ。そして「東芝が考えるCSR経営」には「生命・安全、コンプライアンスを最優先(中略)従業員一人ひとりが行動し支えるもの」と書かれている。残念ながらコンプライアンスを最優先しているとは思えないが、このように美辞麗句が列挙されている。

百歩譲って「経営理念」は企業にとって「達し得ないほど大きな目標」とも言える。これを日々の行動に落とし込むのが「行動指針」だ。いまや多くの企業で日々守るべき「行動指針」が定められている。しかし東芝の行動指針(行動基準)13条には驚くべきことに以下の言葉が並ぶ。

13.適正な会計
1.東芝グループの基本方針
会計に関する法令・基準を遵守し、一般に公正妥当と認められた会計原則に従って適正に会計処理と会計報告を行います。
2.東芝グループ役員・従業員の行動基準
(1)会計情報を、一般に公正妥当と認められた会計原則に従って正確にかつ適時に会計処理を行います。
(2)会計情報を、法令にのっとり正確にかつ迅速に開示します。
(以下省略)

ホームページによれば1990年に上記の行動基準を制定したようだが、こちらも全く守られていないうえに今も変更するともなく掲げている。役員も従業員も今回の内容からするに組織ぐるみの粉飾決算だが、それを自助努力では回復し得ないことが明らかだ。

東芝をやり玉に挙げてしまったが、このように大企業では大言壮語な経営理念や行動基準を掲げながら全く守られないケースがよくある。これは組織が大きすぎて、社員一人ひとりの責任と権限が弱いので、会社の結果を個人の行動に帰結できないからだ。私が以前勤務していた大企業でも美辞麗句は並んでいたがそんなことより上場企業は予算制度に縛られており日々の予算達成のプレッシャーの方が「守るべきもの」という雰囲気であった。

東芝は今年度も原発事業による大幅な減損を見込んでおり、半導体事業でも架空利益の計上があったといわれている。これほどの決算修正を主要メディアは一度も「粉飾決算」といわず「不適切会計」と言い張っているのは重要な広告スポンサーだからだろう。限りなく黒に近いグレーでキヤノンに東芝メディカルの早期売却を行ったのも株主価値を大きく毀損している。

そのような中でも(私も以前そうだったように)大企業の社員は倒産することなど想定せず毎日同じ仕事を繰り返している。これが日本の大企業を覆っている無責任体質だと感じる。世間の大きな流れに身を任せ、自己改革を行えないからこそ経営危機に晒されたときにその弱さが引き立ち、「大きすぎてつぶせない」という政府の救済を得るパターンになっている。

歴代東芝の経営者は殆どが東大出身者であるように、多くの優秀な人材がこのような大企業の囚人となりバブル崩壊後の日本経済の停滞を長年作っていた。過酷ではあるが銀行団や政府は今回の東芝粉飾決算を徹底的に追求して東芝を解体・倒産させ日本の大企業社員に破綻リスクと一人ひとりの責任を意識させることで自己改革を迫らせるべきだ。

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牧野 雄一郎
原価管理コンサルタント 中小企業診断士 事業再生アドバイザー
アゴラ出版道場一期生

大手精密機器メーカーにて原価管理、調達部門を通じて、コストダウンと事業構造改革に従事。独立後は中小企業の原価管理、事業再生のコンサルタントを行っている。

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