おときた都議より生々しい⁈ 千代田区長選展望

新田 哲史

千代田区長選の立候補予定者(左から石川雅己、与謝野信、五十嵐朝青の3氏)=石川氏と五十嵐氏は公式サイト、与謝野氏は時事通信から引用

都議選の前哨戦である千代田区長選(1月29日告示、2月5日投開票)の構図が固まりつつある。当初、小池知事が支援する現職で、5期目を目指す石川雅己氏(75)の圧勝とみられ、自民党都連は都政の専門家でおなじみの佐々木信夫・中央大教授の擁立を断念していたが、ここにきて与謝野馨元官房長官のおい、信氏(41)を担ぎ出すことに成功。馨氏がかつて民主党政権に入り、内田茂都議と袂をわかっていたはずの千代田区内の自民党勢力が一枚岩になって若い挑戦者を擁立したことで、ムードが一変した。

そして、マスコミはほとんど報じていないが、地方選挙を“熟知”する無所属の元会社員、五十嵐朝青氏(41)が割って入ろうとしており、情勢は混沌としている。

地方公務員の友人からは「小池劇場云々など凡百の記事とは違う、千代田区の課題を指摘してほしい」といった正論のリクエストをもらったが、「選挙は数字でやるものであり、告示時点で勝敗は半分決まっている」「23区行政は市部以上に都政に依拠している構造がある」が持論のリアリストとしては、虚心坦懐に展望してみたい。なお、念のため付言するが、選挙関連の仕事もしてきたものの、今回、どの陣営にも与していないので、フラットに書くつもりだ。

千代田自民“悟空とベジータ”のタッグで戦局は緊迫

今回、独自調査はしておらず、選管等のデータ、報道記事等の一切の公開情報で考えてみたいが、それでもある程度の展開は誰でも読めるものだ。まず当初、石川区長圧勝とみられた要因が、前回選挙の結果だ。このとき、石川氏は選挙前に内田氏と対立し、自民党と公明党が推薦した元副区長の大山恭司氏と事実上の一騎打ちに。投票率の低い区長選で、自公の二大組織を相手に石川氏は最大の窮地を迎えるかに思われたが、結果は下記の通りだった。

 2013年千代田区長選(上位2人)

石川雅己  8287

大山恭司  7023

それから4年、石川氏は「敵の敵」である小池知事とタッグを組み、昨夏の都知事選で区内ダントツの14,000票をたたき出した小池人気を背に圧勝かと思われたが、かつて、千代田区を含む東京1区選出で、重要閣僚を歴任した与謝野馨氏の地盤と看板を継ぐ挑戦者が出現。馨氏は自民が圧勝した2005年総選挙、民主党政権が誕生した09年選挙ともに14000票と、知事選の小池氏とほぼ同数。しかも千代田区内に限っては民主党候補の海江田万里氏を09年すら上回っている(9226票)。それだけに、ここにきてドン内田氏と“復縁”(=おときた氏がたとえた、ドラゴンボールで言う「悟空とベジータ」のタッグ)となれば、小池&石川陣営が引き締まるのも当然だ。

しかし、ここで注意したいのは、地味な区長選と、テレビ選挙で“ミーハー無党派層”も投票する国政選・都知事選では投票率の差で一概に比較できないことだ。区長選や都議選は、拙著「蓮舫VS小池百合子、どうしてこんなに差がついた?」(ワニブックス)で紹介したような小池氏の「テレビ選挙」とは全く実相が異なる。選挙の風向きに関係なく、コア票がどの程度あるのか見ていくことだ。コア票は地縁が濃く、選挙戦の最前線に立つ区議の得票で概ね推測できる。15年区議選では、自民党は7,500票(11人中10人当選)、公明党は1200票を獲得。計8700票が本来の自公コア票とすると、13年区長選は大山陣営は取りこぼし、同年都議選で当選した内田氏は8,400票とほぼ回収したことがわかる(あくまで単純計算ですが)。

一方、石川氏は前回、連合東京からの推薦を受け、当時の民主党から支援を受けている。コア票だが、区議選には民主党候補者が760票獲得した1人しかおらず、参考にならない。ただ、13年都議選で元民主党区議で無所属で出馬した小枝すみ子氏(現区議)が6,300票の次点で落選。当時は、民主党が軒並み落選者が続出した大逆風だったことから、非共産の野党支持層も一部含め「コア」に近い数字だったと推定でき、ベンチマークする価値はある。ちなみに、13年区長選と都議選は、ほぼ同じ投票率(42%)だった。

2013年都議選結果(上位2人)

内田 茂     (自民)8449

小枝すみ子(無所属)6323

今回は自主投票?公明票の行方は?

しかし、昨年暮れ、都議会公明党が自民党との連立を解消し、小池知事側に歩み寄った。今回は「自主投票」という観測があるが、別候補に推薦を出した都知事選ですら、公明支持層の3割程度が小池氏を支持しており(時事通信の出口調査)、少なくとも半数程度が石川氏に流れるとすると、与謝野信氏は自民支持層の組織を全て固めさえすれば7500〜8000程度獲得する計算が立つ。

一方、石川氏を「小枝」票に置き換えると(大雑把ですが)、6000程度の基礎票と仮定する。そこに公明票の半分を加算すると、7000前後。また、公明票が全部石川氏に入れると仮定すると、与謝野&内田陣営は7000〜7500票、石川&小池陣営は7000〜7500票前後と、伯仲してしまう。

ただし、繰り返すが、これらの数字は、前者は自民党支持層をすべて固めた場合で、後者は小池人気やテレビ選挙でなければ投票所に足を運ばない有権者が“定石通り”区長選投票に消極的な場合で、それぞれ成立する話だ。

報道各社の都知事選での出口調査で、都内全域では自民支持層の半数程度が小池支持だったことを考えれば、与謝野&内田陣営は全く油断できない。また、東スポの記事にもあるように、与謝野信氏擁立は、内田氏が、都心部のタワーマンション等に住む高所得者の新住民に訴求できる候補を計算したとみられ、組織票以外にも支持層を広げねばならないという危機意識の裏返しだと推測される。逆に石川&小池陣営は、そうした都会的かつ移り気な層を取り込まねば黄信号が灯る。

千代田区に“潜伏”する隠れみんなの党支持者

ここで、普段の区長選や区議選には行かないが、国政選や都知事選には投票する「小池票」の手がかりとして、面白い数字がある。近年の国政選の政党別投票先を調べて気づいたが、2013年参院選の比例投票先で、当時存在していた、みんなの党は3357票と、日本維新の会(2864票)、共産党(2585票)民主党(2260票)を上回り、野党では区内最多だったのだ。隠れキリシタンならぬ隠れみんなの党支持層。いうまでもなく、小池陣営には、おときた氏らみんなの党出身の3人の都議らがおり、これらの隠れ信者は取り込みたいはずだ。

プレジデントオンラインより引用

それにしても、千代田区内で、みんなの党支持層が多いのはなぜか。かつて私は、選挙分析の仕事でみんなの支持層の特徴を調べたことがあるが、ある選挙で、みんなの支持層は、平均所得の高い地域と相性がいいことがわかった。解雇規制緩和やイノベーション推進など、俗に言う「新富裕層」好みの政策が並び、全国の区市町村では港区に次いで全国で2番目に高い所得水準を誇る千代田区の新住民とは相性がいいのであろう。

なお、この時の全党で最多は、自民党の10,253票。そして、みんなの党が解散した後、自民党は2016年には12,983票を獲得しており、旧みんな支持層の一定数が自民党に流れた可能性が推測できる。これは与謝野陣営には「不気味」な話だ。ステルス旧みんなの党支持層に訴求する上で、ケンブリッジ大学卒、外資系金融勤務の経歴を持つ与謝野信氏に白羽の矢を立てるのは合理的といえる。

マスコミが侮る“第3の男”が一騎打ちに微妙な影響?

この「みんなの党」的な新住民の獲得合戦が死命を制すると言えそうだが、最後にマスコミ報道で見落とされがちな“第3の男”五十嵐朝青氏について言及しておきたい。マスコミは侮っているが、選挙に関わった経験のある人が、彼のウェブサイトやFacebook等の発信内容を見れば、運動員の立ち回り方(写真の範囲)、ハイセンスなデザイン、メッセージの出し方など、一目して陣営が「選挙のプロ」であるとわかる。それもそのはず、彼の弟は、昨年11月、茨城・つくば市長選で県内最年少の38歳で当選した五十嵐立青氏。母親も同市の元市議。初の選挙ながら、地方選挙を知り尽くしていると言える。

最近まで五十嵐氏の存在を知らなかったが、小池支持のネット民に教えてもらい、注目した。それで、カラーやブランディングの作り込み方が誰かに似ていると感じた。そう、2年前、私も渋谷区長選で応援し、無所属から政党候補を破った長谷部健区長を彷彿とさせる。同じ広告業界の経歴で、街頭活動で掃除をするあたり、長谷部氏を意識しているようにも見える。

昨年の夏ごろから活動している模様だが、長谷部氏、あるいは同じジャイアントキラーの今村岳司・西宮市長と決定的に違うのは、議員実績がない点だ。長谷部氏は3期連続、今村氏は4期中3期がトップ当選と手堅い素地があった。

五十嵐氏本人、スタッフともに選挙を熟知しているようだが、知名度不足は苦しい。とはいえ都会的センスの良さもあってポテンシャルは感じる。2年後の区議選に出れば上位当選できるのではないか。長谷部氏のように区議離れした提案型政策を積み重ねられれば、将来的に区長になる芽も出てくるかもしれない。ただ、それもこの選挙での健闘と次の区議選次第だが。

選挙戦は、テレビ報道の煽りも加わって、「石川VS与謝野」を軸に激しい一票の争奪戦となる。しかし、もしも、この五十嵐氏が泡沫にならず、「小池VS自民都連」の代理戦争を嫌気した層などから1500票以上を獲得する健闘を見せれば、両者の一騎打ちが思わぬ形で微妙な影響を受けかねない。公明票と隠れみんな支持層の動向、そして五十嵐氏の戦いぶりいかんで、有権者数が5万にも満たない、平時は“都心の町長選”ともいうべき地味な選挙が一転、「劇場型区長選」として記憶に残る戦いになる。

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民進党代表選で勝ったものの、党内に禍根を残した蓮舫氏。都知事選で見事な世論マーケティングを駆使した小池氏。「初の女性首相候補」と言われた2人の政治家のケーススタディを起点に、ネット世論がリアルの社会に与えた影響を論じ、ネット選挙とネットメディアの現場視点から、政治と世論、メディアを取り巻く現場と課題について書きおろした。アゴラで好評だった都知事選の歴史を振り返った連載の加筆、増補版も収録した。

アゴラ読者の皆さまが昨今の「政治とメディア」を振り返る参考書になれば幸いです。

2017年1月吉日 新田哲史 拝