思想信条に反するとして業務命令を拒否できるか?

憲法19条は、「思想及び良心の自由は、これを侵してはならない」と規定しています。

しかし、「思想及び良心の自由」も無制限に認められるものではなく、公立小学校の入学式に校長からの「君が代のピアノ伴奏」の命令を無視した教諭に対する処分を、2007年の最高裁判決は正当化しました。
最高裁の多数意見は、次の3点にかんがみれば、本件職務命令(ピアノの伴奏)は憲法19条に反するものとはいえないと判断しました。

1 X(教諭)の思想良心が、入学式において伴奏拒否するという行為と一般に不可分と結びつくとはいえないこと。

2 入学式の国歌斉唱の際に「君が代」のピアノ伴奏をするという行為自体は、X(教諭)自身が特定の思想を有するということを外部に表明する行為であると評価することができないこと。

3 X(教諭)は、公立小学校の教諭として、法令等や職務上の命令に従わなければならない立場にあり、校長から同校の学校行事である入学式に関して本件職務命令を受けたものであり、本件職務命令は法令に基づいて適正に発令されたものであること。

反論もあるかもしれませんが、個人的には極めて妥当な判決だと考えています。
勤務時間内に職場において、業務遂行上必要かつ合理的な命令であれば、ある程度は我慢すべきだと考えるからです。

民間企業では(通説によると)憲法は直接適用されませんが、憲法の趣旨に反した契約や業務命令は違法と判断されることがあります(憲法が間接適用されると説明されています)。

ところで、民間企業において、使用者やそれに代わる管理者等は労働者に対して「業務命令権」を有しています。
「業務命令」が就業規則の合理的な規定に基づく相当な命令である限り、就業規則の労働契約規律効(労働契約法7条)によって、労働者はその命令に従う義務があります。

例えば、接客業に携わる従業員がガムを噛みながら仕事をしていた場合、上司が「ガムを噛むのを止めなさい」と命ずるのは「相当かつ合理的な業務命令」であり、それに従わないければ懲戒事由になるでしょう。

では、営業担当従業員が顧客の接待の際に、顧客を楽しませるために「君が代を歌え」「軍歌を歌え」とか、共産主義を称える歌(インターナショナルでしたっけ?)を歌えと上司に命じられた場合はどうでしょう?
憲法19条の趣旨に反する違法な業務命令だと言って断る事ができるでしょうか?

おそらく、これを断るのは「業務命令違反」になる可能性が高いと思います。
営業担当者にとって顧客の接待は重要な仕事であり、相手を楽しませて業績を上げるよう命じるのは上司の「相当かつ合理的な業務命令」と考えることができるからです。
もちろん、接待といえども時間外労働なので手当等の支払いは必要となりますが…。

では、どのような業務命令であれば憲法19条の趣旨に反して違法となるのでしょうか?

これは、会社の業務内容によって大きく異なってくるはずです。
例えば、銀行員が「私の信じている宗教では利息を取ることを禁じられている」と言って貸出業務を拒否することはできないでしょうし、軍事産業関連会社に従事する会社の従業員が「私は平和主義者なので武器はつくりたくありません」と言ってその部署への配属を拒否することもできないでしょう。

このように考えると、当該会社の業務遂行に全く関係がないにも関わらず、従業員の「思想信条」を侵害するような業務命令が違法となると考えられます。

例えば、社員研修として「人前で度胸をつける」という目的で、駅前で大声で「君が代」を歌わせるのは(場合によっては)違法になるかもしれませんが、会社のCMソングを歌わせるのであれば…(研修の目的達成上常識的な範囲内であれば)違法にはならないでしょう。

そもそも、会社が採用にあたって応募者の「思想信条」をある程度判断材料にすることは認められているのです。共産党系の新聞社がバリバリの右翼思想の持ち主を不採用にするのは当然のことでしょうから。

おそらく、多くのサラリーマンの方々の意識は、「仕事としてやる以上はできるだけ我慢しよう」というものではないでしょうか?

私も銀行で個人営業をやっていた時、1日のうちに何度もコロコロと「思想転向」(笑)をしていました。
老人医療費有料化反対のお医者さんの奥さんに対しては「誠に奥様のおっしゃるとおりです」と同意し、建設会社の社長のところでは「社長の仰る通り、もっともっと道路が必要ですよねー」と公共工事増加に賛成していました。

ホンネはいずれも反対なのですが、お客様と議論していったい何の意味があります?

怒鳴られて口座を解約されて、挙句の果てに、お客様たちは自分の信念はより強固なものにするだけでしょう。
給料というお金をもらって働いている以上、その範囲内ではある程度我慢するのがプロですよね〜みなさん。

荘司 雅彦
幻冬舎
2016-05-28

編集部より:このブログは弁護士、荘司雅彦氏のブログ「荘司雅彦の最終弁論」2017年1月17日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は荘司氏のブログをご覧ください。