米国が真っ二つに分裂する時代に、第45代米大統領にドナルド・J・トランプ氏が就任しました。
就任演説が始まった途端、どんよりとした曇り空から小雨が降り注ぎトランプ米大統領を濡らします。しかし約1年の長きにわたる選挙戦を勝ち抜いた男は約15分間のスピーチで米国に、そして世界に力強く語りかけました。以下は演説のハイライトで、…は前後の文章の省略を示します。→以下は、筆者の感想です。
「ワシントンは繁栄したが、人々は富の恩恵を浴さなかった。政治家は成功したが、職は失われ工場は閉鎖された。成功者は自身の地位を守ったが、米国市民は保護しなかった・・・それもここで終わる・・2017年1月20日は、人々が再び米国の統治者になった日として覚えられるだろう。忘れ去られた男性や女性は、もはや忘れられることはない(Washington flourished, but the people did not share in its wealth. Politicians prospered, but the jobs left and the factories closed. The establishment protected itself, but not the citizens of our country… That all changes starting right here and right now… January 20th, 2017, will be remembered as the day the people became the rulers of this nation again. The forgotten men and women of our country will be forgotten no longer.)」
→大衆主義的な内容で、米株の上げ幅を縮小させる誘因に。
「・・犯罪やギャング、ドラッグが多くの命や潜在性を奪った。米国で続いた虐殺はいま、ここで終わる。(the crime and the gangs and the drugs that have stolen too many lives and robbed our country of so much unrealized potential. This American carnage stops right here and stops right now.)」
→国境警備の強化、特にメキシコとの国境に壁建設を示唆。なお24〜25日にはメキシコのビデガライ外相とグアアルド経済相がトランプ米大統領が絶大な信頼を置く娘婿で上級顧問のクシュナー氏、バノン米大統領首席戦略官、プリーバス首席補佐官と協議予定。
「中流世帯は家から引き剥がされ、富は世界へ分配された。しかし、それは過去の話でいま我々は未来を見据えている・・この日から、米国第一があるだけだ。貿易、税制、移民、外交など一連の政策は米国の労働者や家族のために進められる。(The wealth of our middle class has been ripped from their homes and then redistributed all across the world. But, that is the past and now we are looking only to the future. From this day forward, it’s going to be only America first. America first. Every decision on trade, on taxes, on immigration, on foreign affairs will be made to benefit American workers and American families.)」
→保護主義的な政策への傾倒を懸念させる半面、税制改革への期待を残す。
「外国が米国の商品を生産し、米国の企業を奪い、職を失わせ米国に甚大な損失を与えないよう、我々の国境を警備しなければならない。守りこそ大いなる繁栄と強さを導き出す。私はあなた方のために全身全霊で戦い、決して失望させたりしない。(We must protect our borders from the ravages of other countries making our products, stealing our companies and destroying our jobs. Protection will lead to great prosperity and strength. I will fight for you with every breath in my body and I will never, ever let you down.)」
→保護主義的かつ近隣窮乏策を連想させる内容。
「我々は、2つの簡潔なルールに基づいて行動する。米国の製品を買い、米国民を雇用せよ、というものだ。世界各国から友好と親善を模索していくが、全ての国が自国の利益を第一に掲げる権利があると理解しながら行う。(We will follow two simple rules: buy American and hire American. We will seek friendship and goodwill with the nations of the world, but we do so with the understanding that it is the right of all nations to put their own interests first.」
→国境調整(国境税)に関しトランプ米大統領は就任前に「複雑過ぎる」と難色を示したものの、法制化を進める考えを強調。
「米国が一つにまとまった時、止められない強固な国となる。我々は偉大なる米軍の男女と法制度によって守られ、最も重要なことに神の守護を受けている。(When America is united, America is totally unstoppable… We will be protected by the great men and women of our military and law enforcement and most importantly, we will be protected by God.)」
→退役軍人などの支持が厚いだけに、米軍の男女といった表現で配慮した可能性。
「・・黒人であろうが茶系(筆者注:ヒスパニックの意味)だろうが白人だろうが、我々の血は同じ愛国者の赤い血を流している。我々は同じ輝かしい自由を謳歌し、同じ偉大な米国国旗を称賛する。(whether we are black or brown or white, we all bleed the same red blood of patriots. We all enjoy the same glorious freedoms, and we all salute the same great American flag.)」
→太字下線部分は、オバマ前米大統領の「アメリカに赤(共和党)も青(民主党)もない、あるのは団結したアメリカ(United States of America)だ」」と対照的。
「あなた方は二度と無視されることはない。あなた方の声、希望、夢は米国の将来を形作る。(You will never be ignored again. Your voice, your hopes and your dreams will define our American destiny. )」
→米12月雇用統計では引き続き労働参加率が低水準を維持するが、果たして職探しを断念した”無視された”人々が労働市場にカムバックを果たすのか。またトランプノミクスがインフラ支出拡大に頼らず産業の活性化を支援し生産性引き上げをもたらすのか注目。
——以上、いかがでしたか?全体的に大衆主義的、保護主義的のトーンが強かったため、米株が失望して上げ幅を縮小したのもむべなるかな。また”結束、ひとつの米国(unity)”の言葉は一度しか登場せず、”団結する、一体となる(come together)”の言葉は皆無でした。演説中にオバマ前米大統領夫妻だけでなく、ブッシュ元米大統領夫妻の顔が曇っていたように見えたのは偶然ではないでしょう。
就任式参加者、2009年のオバマ前米大統領の就任式(右)と比較。
ブッシュ元大統領夫妻、さえない表情で国家斉唱。
就任式後のパレードは空いた時間を使って公務に励みたいとの理由から、オバマ前米大統領の3時間から1時間に短縮しました。その間に米上院が指名承認したジェームズ・マティス元中央軍司令官を国防長官に、ジョン・ケリー元海兵隊大将を国土安全保障長官に就任する書類に署名サインしています。
さらに、医療保険制度改革(オバマケア)撤廃に向けた大統領令の第一号に署名しました。オバマケア代替案を用意していないにも関わらず、多数派の共和党が主導し米下院は13日に予算決議案を227対198で可決。決議案には審議を20時間に制限するため民主党のフィリバスターを振り回されず単純過半数で採決できる”財政調整法(reconciliation)”を盛り込み、予算を通じ廃止を目指します。
就任式演説では言及しなかったものの、演説に沿って以下の優先事項を発表しました。→以下は、内容のサマリーです。
1.米国第一エネルギー計画(America First Energy Plan)
→オバマ前政権が掲げた”気候行動計画(Climate Action Plan、二酸化炭素の排出量削減や米国内ならびに世界で気候変動への対応を目指す)”、”米国水質法(Waters Of The U.S.、水質保全を目指しシェールガス生産に絡む水圧破砕を規制する) ”を不必要と指摘。シェールガスやクリーン石炭エネルギーの生産を支援へ。大気汚染などにも配慮し、環境保護庁(EPA)が注力する政策を再調整していく。
2. 米国第一外交政策(America First Foreign Policy)
→打倒イスラム国(IS)が最優先課題で、必要とあれば軍部と共同戦線を張る。同盟関係にある諸外国と協力し、テロリストへの資金源を断つよう努力すると共に、サイバー攻撃にも対応する。合わせて米軍も増強。
3.職と成長の回復(Bringing Back Jobs and Growth)
→向こう10年間で2,500万件の雇用を創出、成長率は年間4%増を回復へ。減税と税区分の簡略化(選挙中は法人税を35%→15%、所得税を7区分から3区分へ縮小すると公約)、規制緩和を推進していく。
4. 米軍増強案(Making Military Strong Again)
→国防予算の強制削減を廃止し、米軍再構築を目指す予算案を提出へ。イランと北朝鮮からのミサイル攻撃を打破するため、最先端のミサイル防衛システムを開発する。サイバー攻撃にも対応。退役軍人の支援も強化する。
米国の軍事費、他国を圧倒し軍事総合力評価でも米国は断トツの1位ですが・・。
(出所:Quartz)
5.治安の強化(Standing Up For Our Law Enforcement Community)
→米国50都市での殺人率は2015年に17%増加し25年間で最悪を記録し米国全土では50%も増加したため、犯罪対策を強化していく。同時に不法移民の流入を抑制するため国境間に壁を建設し、ギャング流入を阻止へ。犯罪歴のある不法移民は国外退去させる。
6.米国民のための貿易協定(Trade Deals Working For All Americans)
→環太平洋パートナーシップ協定(TPP)離脱、並びに北米自由貿易協定(NAFTA)の再交渉を目指す。また、貿易協定に違反し米国に損失を与える各国を商務官と協力して炙り出し、厳然たる措置を講じる。
——トランプ米大統領が掲げた一連の優先政策課題は、選挙中から取り上げられており想定の範囲内です。強いて言うなら、4)と6)に絡んで中国とどのような関係を構築していくのかが焦点。特に6)は対応次第で対中貿易摩擦に発展するリスクをはらみ、為替報告書で規定する”為替操作国”に該当する3つの条項を度外視して人民元問題に切り込む可能性も否定できません。
就任演説後の米大統領令で署名したオバマケア撤廃に注力する余り、インフラ支出拡大、税制改革、規制緩和といったトランプノミクスの3本柱が先送りされればトランプ・トレードの巻き戻しに注意したい。共和党が代替案を用意していないものの、中間選挙で共和党が上下院で多数派を確保する上で2,000万人近い加入者を置き去りするとも考えられません。オバマケアの撤廃・修正には相当の時間が掛かるとみられ、さらに米上院ではトランプ政権の閣僚メンバーに対する指名承認もあり、仕事は山積みです。
トランプ米大統領は、就任式パーティーでのメラニア夫人とのファースト・ダンスにフランク・シナトラの名曲”マイ・ウェイ”を選びました。その歌詞に「全てに立ち向かい正々堂々と立ち向かった、我が心のままに」とある通り、トランプ次期大統領は慣習にとらわれず自分らしいやり方で米国を導くに違いありません。
(出所:58pic2017)
編集部より:この記事は安田佐和子氏のブログ「MY BIG APPLE – NEW YORK -」2017年1月21日の記事より転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はMY BIG APPLE – NEW YORK –をご覧ください。