人類は「終末」に一歩近づいたのか

長谷川 良

核戦争などで人類が滅亡するまでの残り時間を示す「終末時計」の針が2年ぶりに“30秒”進んだというニュースが流れてきた。米科学誌「ブレティン・オブ・ジ・アトミック・サイエンティスツ(ブレティン誌)」が26日に発表した。残り時間が最も少なかったのは冷戦時代の1953年で、当時は2分前だった。今回はそれについで終末に近づいてきたというわけだ。

▲米科学誌「ブレティン・オブ・ジ・アトミック・サイエンティスツ(ブレティン誌)」の終末時計

同誌によると、その理由は、環境問題に消極的で、核保有に対しては好意的なトランプ米大統領の登場だ。新米大統領は世界の指導者を混乱させるだけではなく、人類の終末をも脅かしているというわけだ。

▲核爆発(CTBTOの公式サイトから)

実際、実業家出身のトランプ大統領はロシアのプーチン大統領に対し、核兵器の縮小に応じるならば、対ロシアの制裁を解除すると発言したことがあるが、核兵器を商談物件と同じように扱う傾向が見られる。そのディ―ルがうまくいかなかった場合、問題が生じる危険性が出てくるわけだ。メキシコ国境沿いの壁建設でも誰がその費用を負担するかでメキシコと既に対立している有様だ。

イランの核問題が深刻な時、終末時計は2012年には1分進んだが、国連安保常任理事国(米英仏露中)にドイツを加えた6カ国とイランとの間で続けられてきたイラン核協議が2015年7月14日、最終文書の「包括的共同行動計画」で合意し、2002年以来13年間に及ぶ核協議はイランの核計画の全容解明に向けて大きく前進した。そのイランの核合意に対して、トランプ大統領は既に何度か見直しを表明している。

ウィーンには包括的核実験禁止条約(CTBT)機関の準備委員会暫定技術事務局がある。条約署名開始(1996年9月)から既に今年9月で21年目を迎えるが、条約はまだ発効していない。CTBTは今年1月現在、署名国183カ国、批准国166カ国だが、条約発効に批准が不可欠な核開発能力保有国44カ国中8カ国が批准を終えていないからだ。中国、イスラエル、イラン、エジプトらの国と共に米国も署名済みだが、未批准だ(インド、パキスタン、北朝鮮の3国は署名も批准もしていない)。

「核なき世界」を訴え、ノーベル平和賞を受賞したオバマ前米大統領はCTBTを批准し、世界の模範となりたいという野心があったが、上院で共和党の反対を受けて批准を完了できなかった。トランプ政権下では上下院とも共和党が主導権を握っている。米国がCTBTに早期批准する可能性は限りなく遠ざかったと受け取られ出している。

ジョージ・W・ブッシュ政権で国務長官を務めたコリン・パウエル氏は、「核兵器はもはや使用できない大量破壊兵器となった」と述べ、核兵器の保有、製造に疑問を呈したことがあったが、「使用できる核兵器」の開発が米国や一部の大国で密かに進められていることは周知の事実だ。

最近では、北朝鮮は昨年2回、核実験を実施し、核保有国入りを模索する一方、核兵器の小型化、核搭載弾道ミサイル、潜水艦発射ミサイルの開発を急いでいる。北朝鮮だけではない。英海軍は昨年6月、フロリダの沖合で潜水艦発射型弾道ミサイル(トライデント)の実験を実施し、仏海軍は2013年、原子力潜水艦からM51型大陸間弾道ミサイルを北大西洋に向け発射している(両実験とも失敗)。実験の目的は核の小型化、戦略化だ。ちなみに、仏海軍が保有するル・トリオンファン級原子力潜水艦は計16基のM51型ミサイルを搭載できる。M51型ミサイルはフランスの核戦略の中核を担っている、といった具合だ。

人類が終末に一歩近づいたとしても、トランプ新大統領一人の責任ではない。核保有国の特権を放棄しない米国を含む核大国の指導者たちや新規保有国入りの野心を捨てない独裁者たちだ。トランプ新大統領の登場はその核レースに拍車をかける危険性が排除できないだけだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2017年1月28日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。