“謀略の関ヶ原”と化した千代田区長選が開戦へ

新田 哲史

千代田区長選の立候補予定者(左から石川雅己、与謝野信、五十嵐朝青の3氏)=石川氏と五十嵐氏は公式サイト、与謝野氏は時事通信から引用

先日から2度に渡って千代田区長選の記事を書いてきたが、やはり今回の選挙は異常だ。一方の陣営候補者が決まっていない過去の世論調査を元に、現職圧勝かのように選挙直前に報じるなど、夕刊フジの大胆な報道姿勢には驚くばかりで、先日は「日の丸騒動」を報道。与謝野陣営に対する実質的なネガティブキャンペーンになっている。拙著「蓮舫VS小池百合子、どうしてこんなに差がついた?」(ワニブックス)で詳細は書いたが、昨年の都知事選前からの情報戦を彷彿させるようだ。

統一地方選を外れた区長選は、去年の荒川区みたいに投票率が下手をすると、30%を維持するのがやっとというのも珍しくない。しかし、今回は週刊誌やスポーツ紙は言うに及ばず、名古屋ローカルのCBCテレビが製作する「ゴゴスマ」ですら連日、精力的に報道する劇場型選挙だから、否応にも関心は集めて、前回42%の投票率は浮揚する可能性は高い。

通例の区長選なら、票読みは、直近の国政選、知事選のような大型選挙だけでなく、区議会議員の持ち票を丹念に見ていくと大方の趨勢は見えてくるものだが、今回は夏の都議選の前哨戦として「小池劇場」の上半期のヤマ場だから、数字以外の政略的要素が膨らむ。ここ数日、現場の当事者に何人も取材したが、水面下で予期した以上に不確実性が強まっていて、産経新聞が以前報じたように、ある陣営に「25人の区議のうち約20人が参集した」とされるような情報について、外野から見て基礎票の数字どおりに今回は行かない様子がうかがえた。

なので、過去2回書いたことは一旦ゼロベースで見直しし、公開・非公開含めて最新の数字を見極めていかなければいけない。ここまでの公開情報で目を引いたのは、世論調査を取り扱うベンチャー企業、JX通信社が弾き出した小池知事の最新支持率。豊洲問題で迷走し、アゴラの愛読者の中では、人気が急落しているかのようなイメージがあるが、相変わらず7割近い支持を誇っている。

迫る東京都議選 1番手に「都民ファーストの会」=JX通信社 都内世論調査(米重克洋) – Y!ニュース

この圧倒的な小池人気を前に、25人の区議たちがどう動くのか。地域の有権者の声がもっとも近いだけに、区長選での立ち回りについては慎重な判断を迫られる人たちが多いのだろう。

ここまでの情勢を取材・分析するうち、当初「木を見て森を見ず」に陥りかけていたと反省した。そして、近代のある軍人の名前を思い出した。クレメンス・W・J・メッケル。明治政府の陸軍近代化の指導教官に招いた19世紀プロイセン陸軍の兵学の大家だ。

近年になって「創作」という説もあるそうだが、そのメッケルが関ヶ原の戦いの結果を見誤ったとされる「エピソード」は、よく知られている。東西両軍の陣立てを示した地図を見て、西軍が高地を多く抑えていたことなどから「勝ったのは西軍」と見立てたが、司馬遼太郎のコラム『関ケ原私観』では、日本軍将校たちが、東軍の勝った史実を説明してもメッケルはすぐに信じなかったとしている。しかし、徳川家康が調略で、小早川秀秋を始め、西軍主力を政治工作で事前に切り崩した経緯などを伝えられると、メッケルはこのような反応を示したと、司馬は書いている。

メッケルはすぐに、ああ、わかった、政略は別だ。純粋に軍事的にみれば石田方の勝ちだが、その上に政略という大きな要素がのればこれはまた別だ、といったという話です。

権力闘争の極致である選挙は、戦国時代の合戦に相当するが、選挙も合戦も本番は一瞬に過ぎない。「関ヶ原は1日にしてならず」なのだ。司馬遼太郎の小説「関ヶ原」が面白いのは、戦闘そのものではない。豊臣秀吉の死から、家康が、石田三成との虚々実々の駆け引きを広げながら、周到に自らの勢力拡大を図っていく日本的政治ゲームの妙味にある。

今回の区長選も選挙期間はわずか7日の短期決戦だ。一連の情報戦、圧倒的な支持率などなど、メッケルが言う「政略という大きな要素」がこれほど大きな区長選は記憶にない。昨年の都知事選から変わり始めた世論ゲームのイノベーションがまた起こるのか、合戦の火蓋が切られようとしている。

新田 哲史
ワニブックス
2016-12-08

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司馬 遼太郎
文藝春秋
1998-10

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