【映画評】ドクター・ストレンジ

渡 まち子
Ost: Doctor Strange

天才脳外科医のスティーヴン・ストレンジは、プライドの高さと傲慢な性格が玉にキズだが、容姿、知性に恵まれ、地位と名誉と富を手に入れて完璧な人生を送っていた。だが、ある日、交通事故に遭い、神の手と崇拝された両手の機能を失ってしまう。外科医としてのキャリアを絶たれた彼は、高額な治療を繰り返すが、ついに財産を使い果たしてしまう。最後の望みをかけて頼ったのは、どんな傷も治せる神秘の力を操るという指導者エンシェント・ワン。そこで未知なる世界を体験したストレンジは、失った栄光を取り戻すため、想像を絶する厳しい修行に励むことになる…。

マーベル・コミックから生まれた元天才外科医にして魔術師のヒーローの誕生を描く「ドクター・ストレンジ」。「アベンジャーズ」を例に出すまでもなく、アメコミ・ヒーロー映画はとかく、破壊のスケールを競う傾向にあるが、本作は、少しテイストが異なる。何しろ、ドクター・ストレンジの“主戦場”は、精神世界なのだ。ビルや道がぐにゃりと曲がり、立っている場所の天地や左右がくるりと入れ替わる。時にはサイケデリックな色彩世界やだまし絵のような光景も現れる。めまいがしそうな映像世界は秀作「インセプション」を連想させるが、本作は、夢の世界ではなく、自らの意識下が影響するインナースペースなのだ。奇抜な映像に目を奪われがちだが、ドラマパートもしっかりしていて秀逸だ。

挫折したストレンジの再生物語として、目に見える物質世界しか信じなかった人間が、豊かな精神世界を知る心の旅として、説得力がある物語になっている。傲慢な天才を演じるカンパーバッチが実にハマッていて、アメコミもの初挑戦ながら、今後はアベンジャースの中でも存在感を示してくれそうだ。東洋の魔術、敵との対峙のスタンス、清濁併せ持つ登場人物と、このヒーロー映画には、今までにない新しさを感じるだろう。ドクター・ストレンジ誕生を描く本作から、活躍の場を広げていくであろう今後が楽しみでしかたない。
【75点】
(原題「DOCTOR STRANGE」)
(アメリカ/スコット・デリクソン監督/ベネディクト・カンバーバッチ、レイチェル・マクアダムス、ティルダ・スウィントン、他)
(異色ヒーロー度:★★★★☆)


この記事は、映画ライター渡まち子氏のブログ「映画通信シネマッシモ☆映画ライター渡まち子の映画評」2017年1月28日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。