司法試験に合格しても7.5人に1人は就職できない!

司法試験を突破しても法曹への門戸が狭き時代に…(写真ACより:編集部)

普段滅多に見ないのですが(笑)、昨日送られてきた「日弁連新聞」を見て驚愕しました。
司法修習終了者のうち200人あまりが就職未定の状況という小見出しの記事が目に入ったのです。

よく見てみると、2016年12月15日に二回試験(司法修習修了試験)に合格した司法修習終了者のうち1198人が日弁連に一斉登録し、同日時点での未登録者は416人とのこと(終了者全体の23.6%)。1月の登録予定者や当初より登録を予定していない人数を差し引くと、200人余りが就職未定の状況にあると推計されるそうです。

その横に、修習終了者数、登録者数、未登録者数の推移が掲載されていました。未登録者数の2009年からの推移は以下のとおりです。

2009年 133人  2010年 214人  2011年 400人
2012年 546人  2013年 570人  2014年 550人
2015年 468人  2016年 416人

ご承知のように日弁連は強制加入団体なので、登録をしないと「弁護士」になれません。昨年司法修習を終了しながら就職浪人をする人が200人と推計されるというのが、記事の内容です。

2013年は未登録者数が570人と最高だったので、もしかしたら300人近くの就職浪人が出ていたのかもしれません。

法科大学院を卒業し、司法試験に合格し、ようやく司法修習を終了したのに…浪人を強いられている人数が200人もいるのです。司法試験合格者が1500人くらいですから、合格者の7.5人に一人が浪人となる計算です。貧困家庭の子供の割合が6人に1人と言われているので、それに近いレベルです。

しかも、法科大学院の中には司法試験合格者が一人も出ないところもあるので、司法試験に合格していない法科大学院卒業者を含めると浪人比率はもっと上がります。2012年の法科大学院実入学者数(定員はもっと多い)が3150人なので、ほぼ全員卒業すると仮定すると(法科大学院入学から司法修習終了まで4年として)、極めてアバウトな計算ですが約1700人が浪人数となります。

約1700人のうち、200人強が司法試験に合格して司法修習終了後に浪人となった人たちの数なので、残りの約1500人は司法試験に合格していない人数となります。

つまり、法科大学院に入学した3150人の約半数が司法試験に合格せず、幸いにして司法試験に合格して無事司法修習を終了しても、7.5人に1人が浪人となってしまうのです。法科大学院を経ずに司法試験受験資格を得られる予備試験合格者数を斟酌すれば、法科大学院卒で司法試験に合格していない人の数はもっと増えるでしょう。

便宜上「浪人」という表現を使いましたが、これはあくまで法曹三者にならなかった人というに過ぎません。法科大学院を卒業してすぐに大企業や中央官庁に就職した人たちも含まれています。

法科大学院を卒業すれば司法試験を5回受験できるので、司法試験合格者の中に複数回受験者が相当数いることを斟酌すれば、法科大学院卒業だけで終わっている人数はもっと多くなるかもしれません。

確かなことは、司法試験に合格して司法修習を終了しても、7.5人に1人が就職できないということです。

どうしてこのような状況になってしまったのでしょう?

司法試験合格者数が増加したことが原因であることは間違いありません。
1999年に合格者が1000人になりました。「1000人になってから修習生の質が落ちた」と司法研修所教官が嘆いていたという話を、私は複数人の裁判官から直(じか)に聞きました。裾野が広がれば平均が下がるのは当然のことです。優秀な合格者の数は従来と同じくらいいたはずです。

2006年に新司法試験制度が導入されると、法科大学院に進学できる資力のある学生にしかチャンスが回ってこなくなりました(暫定措置があったので徐々にではありますが)。
予備試験合格者が司法試験を受験できるのは合格の翌年以降なので、いきなり司法試験を受験できた時代より1年余分に学生生活、留年、浪人等をする資力が必要です。

輪をかけて、司法修習の費用が貸与制になったことで、金銭的に余力のある人(もしくは奨学金をたくさん借りる人)しか法曹資格を得られなくなりました。修習期間は「専念義務」があるのでアルバイトもできません。さすがに、悪名高き貸与制は見直されることになりましたが…。

かくして、司法試験は(莫大な資力が必要な)「資本試験」となり、司法修習生も一クラス50人とすれば同級生の6〜7人が就職浪人となる状況になってしまったのです。

昨今、成年後見人に就任した弁護士が被後見人の財産を横領するという事件が頻発しています。
奨学金という莫大な借金を背負いつつ、毎月4〜5万の弁護士会費を支払わなければならないとなると「貧すれば鈍する」になるのは当然でしょう(もちろん、犯罪を擁護するつもりはありません)。

弁護士が世にはびこること自体が、社会の迷惑になる時代が来るのかもしれません。私もだんだん肩身が狭くなってきました。

荘司 雅彦
幻冬舎
2016-05-28

編集部より:このブログは弁護士、荘司雅彦氏のブログ「荘司雅彦の最終弁論」2017年1月30日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は荘司氏のブログをご覧ください。