経営者は「従業員は辞めるもの」という現実を忘れてはならない

荘司 雅彦

会社を退職した元従業員の転職を妨害する目的で「企業秘密を持ち逃げした。彼を雇うと不正競争防止法違反になるぞ!」という通知を出していたトンデモ経営者の例を拙著でご紹介しました。

企業秘密がらみの案件は高度な技術を持っている大企業だけの問題のような印象を受けますが、中小企業でのトラブルが実はとても多いのです。

顧客リストのようなローテクも「企業秘密」の範囲に含まれるということもありますが、中小企業とはいえ営々と事業を行って利益を上げている以上、(経営者が意識していなくとも)他社との差別化要因は必ずあるのです。もしなければ、新規参入によって市場から退出させられるはずですから。

極秘事項を知り尽くした社員が辞める時、「競合する地域で2年間は同業に従事しない」という誓約書を、300万円の補償金プラス退職金と引き換えに書いてもらったこともあります。

「私が信じられないのか!」と言ってごねられて大変でしたが、顧問弁護士としての善管注意義務である旨なだめて何とか納得してもらいました(まさか、「そうです。あなたが信用できないからです」とは言えませんし…)。

退職前に顧客名簿をコピーしていたとして「不正競争防止法違反」を理由に損害賠償請求をされた依頼者もいました。当人が強く潔白を主張したことから受任しました。調べてみると請求している会社には退職金規定があったので、当方は不正行為を否認すると共に逆に退職金の支払いを求めました。

結局、企業秘密持ち出しの事実は立証されず、退職金をいただくという「タナボタ的な結果」で終わりました。

依頼者としては、喧嘩別れのような形で辞めてきたので退職金が支払われたことを不思議がっていましたが、キチンとした規定があれば退職金は労働者の権利となるのです。相手の会社にとっては藪蛇のようですが、依頼者にとっては当然の権利である旨説明しました。

社員が退職すると裏切られたと激怒して、立証困難な企業秘密持ち出しを主張する経営者が少なくありません。実際に「持ち出し」をしている可能性も否定できませんが、立証できなければ勝訴できないのです。作成したことを忘れていた退職金規定を持ち出されて藪蛇になることもあります。

従業員は辞めるものだという前提でセキュリティーをしっかりしておくことと、いざ辞めた時に「立証可能か否か」を冷静に判断してからアクションを起こすようにしましょう。

たとえ経営者が厚遇しているつもりでも、従業員は「辞める時は辞めてしまう」ものなのです。家族じゃありませんから。

また、中小企業の場合は「退職金規定」を策定しないことを私は強く勧めています。
景気動向に左右される中小企業の場合、従業員が退職する時に「お約束の金額」を支払う余力があるとは限りません。功労には報いるべきですが、会社自体が傾くような結果を招いたのでは本末転倒ですから。

荘司 雅彦
幻冬舎
2016-05-28

編集部より:このブログは弁護士、荘司雅彦氏のブログ「荘司雅彦の最終弁論」2017年2月15日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は荘司氏のブログをご覧ください。