トランプ米大統領、温和なトーンで結束呼びかけ政策推進目指す

安田 佐和子

トランプ米大統領が28日、議会演説を行いました。1期目なので、上下両院合同会議演説(first address to a joint session of Congress)となり一般教書演説(State Of Union)ではありません。

プロンプターを使った今回の演説では、就任演説での反省を踏まえ「大量殺戮(carnage)」といったおどろおどろしい表現が一掃されました。米国第一を掲げるスタンスを貫きつつ、「新しいアメリカ精神(renewal of the American spirit)」といった希望溢れる言葉を盛り込んでいます。また「狭い思考を捨て、つまらない争いはよそう(The time for small thinking is over. The time for trivial fights is behind us.)」と呼びかけることも忘れません。就任演説でほとんど聞かれなかった両党間の「結束(unity)」を求め、「民主党と共和党は団結し、米国と米国市民のために結束すべきだ(Democrats and Republicans should get together and unite for the good of our country, and for the good of the American people.)」とも明言しました。そういえば、トランプ米大統領は晴れ舞台にネイビーブルーに白のストライプのネクタイをチョイスし就任式の鮮やかな赤からトーンダウンしています。脇を固めるペンス副大統領やライアン下院議長も爽やかなブルーのネクタイと、民主党カラーで登場しました。服装から、歩み寄りムードを演出したのでしょうか。

バノン首席戦略官が政権入り前に会長を務めていた保守系メディアのブライトバートによると、59分に及んだ演説にライアン米下院議長は「ホームランだった(That was a home run)」と手放しで評価していました。確かに演説内容は、筆者から見ても非常に大統領らしかった。9年後に建国250周年の節目を迎えるにあたって明るい未来を築くべく、1876年の100周年記念式典のエピソードを語ったことも希望を与えたものです。当時はグラハム・ベル氏、トーマス・エディソン氏がそれぞれの発明品を持参し、列席したんですね。

就任演説はパラッとでしたが、議会演説の夜は大粒の雨が降ったようです。


(出所:Twitter

議会演説でのポイントは、登場順に以下の通りで()内は筆者のコメントです。

●冒頭
・2月の黒人 歴史月間最後の日にちなんで公民権の重要性に触れ、ユダヤ人地域社会へのヘイトクライムを取り上げつつ、国家として団結すべきと強調。

●就任後の実績、今後の政策など全般
・大手企業が米国内での設備投資並びに採用計画を発表。
・米株市場の時価総額は、米大統領選挙後に大幅増加し「過去最高を記録」。
・「雇用を奪う環太平洋パートナーシップ(TPP)」から離脱。
・「泥をかき出す」、政治家などの汚職撲滅を狙い政府高官に対し5年間のロビー活動禁止、海外政府のためのロビイスト就任禁止。
・「新たな規制を導入する場合は既存の規制2つを撤廃」。
・キーストーン・パイプラインXLなど、アメリカの鉄を利用したパイプラインの建設推進。
・「司法省に犯罪減少を狙いタスクフォース設立」を要請、国土安全保障省、司法省、国務省、国家情報長官に連携を求める。
・「国境南部に壁を建設」。
・イスラム国(IS)の潰滅を目指す。
・連邦第10巡回区控訴裁判所判事であるニール・ゴーサッチ氏に対し、迅速な最高判事指名承認を要請。

●税制改革、国境調整税
・経済チームは、法人税減税や中間層への大型減税を含む「歴史的な税制改革案」を作成中
・海外では米国をはじめとした外国製品の輸入に関税を賦課するが、米国では海外製品に関税を課さない。「私は自由貿易を信じるが、公平な貿易でなければならない」。(事実上、国境調整税導入を示唆)
・リンカーン元大統領の発言を引用し、「私は米国と米国市民を利用されるようなことはしない」。

●雇用創出、移民対策
・「何百万件に及ぶ雇用を創出」し、「米国民労働者を保護する」。
・同時に「時代遅れな」移民政策を改正、現状で不法労働者は指定賃金労働者や納税者の負担に。
・雇用改善と賃金引き上げを目指し、国の安全を強化するため「共和党と民主党は団結して」移民政策を改正することが可能

●インフラ投資
・「米国再建のため、議会に1兆ドルのインフラ投資を要請する」。
・インフラの原則は「米国製品を購入し、米国市民を雇用すること(Buy American, Hire American)」。

●医療保険制度改革、オバマケアの撤廃並びに代替案への移行
・既存の医療保険の条件でサービスを受けられるよう円滑な代替案への移行。
・医療保険の購入には税控除を適用、医療保険貯蓄口座(HSA)の拡充。
・州政府に、低所得者層向け公的医療保険(メディケイド)での加入を推進するだけの援助を実施。
・高騰する処方箋薬の値下げを目指した改革推進
・州間をまたぐ全米での保険市場の設立
(政策課題のなかで最も具体的、やはり税制改革よりオバマケア撤廃・代替案差し替えが優先事項か)

●犯罪取り締まり
・国土安全保障省に対し、移民による犯罪の犠牲者のための機関“VOICE(Victims Of Immigration Crime Engagement)”を設立するよう要請。
(発表後、議場からブーイング発生)

●外交
・「北大西洋条約機構(NATO)を強く支持(strongly support)」する。
NATOをはじめ中東、太平洋諸国などの同盟国は相応の経済的負担を負うべき
・「米国は共通の利益を見出せる新たな友を探し、関係を構築していく。」(ロシアとの関係改善を示唆?)

●名指しした国
・日本のほかメキシコ、ロシアの言及はゼロ
・カナダ(2回)→「トルドー加首相と女性の起業を促進する評議会を設立した」、「カナダとオーストラリア、その他多くの国々は移民政策において能力ベース奨励システムを採用している」
・中東(2回)→「米国のインフラが老朽化する間に、米国は中東に約6兆ドル費やした」、「NATOや中東、太平洋諸国などは戦略的かつ軍事的オペレーションで重要かつ直接的な役割を担うため、相応の経済的負担を負うべき」
・中国(1回)→「中国が世界貿易機関(WTO)に加盟した2001年から、米国で6万ヵ所の工場が閉鎖された」
・独仏ベルギー(それぞれ1回)→「(テロ攻撃は)仏、ベルギー、独など世界各国で発生している」
・オーストラリア(1回)→「カナダとオーストラリア、その他多くの国々は移民政策において能力ベース奨励システムを採用している」

●名指しした主な企業
・フォード、フィアットクライスラー、ゼネラル・モーターズ、スプリント、ソフトバンク、ロッキード・マーティン、インテル、ウォルマート
→米国での設備投資計画、採用計画を発表した企業
・ハーレー・ダビッドソン
→世界の競争力に直面し業績が圧迫されている企業の一例

さて、次は拍手の回数と時間をみてみましょう。VOXによると合計で拍手は58回に及び、そのうち17回はスタンディング・オベーションで迎えられました。ちなみにざっと分かる範囲内で2015年のオバマ前米大統領の拍手回数は81回、スタンディング・オベーションは36回、2007年のブッシュ元大統領で拍手回数は58回で、スタンディング・オベーションは28回となっています。

トランプ米大統領への拍手は概して共和党による拍手喝采で占められ、例外は1月29日に決行されたイエメンでの奇襲作戦で殉職したアメリカ海軍特殊部隊のウィリアム・ライアン・オーウェン元上級兵曹長の妻、キャリン・オーウェン氏への1分36秒にわたるスタンディング・オベーションです。今回の演説中では、最長となりました。

拍手時間の長さは、以下の通り。詳細をご覧になりたい方は、こちらをクリックして下さい。


(出所:VOX

メディアの反応をみてみましょう。タイム誌の「ドナルド・トランプ、遂に大統領らしく語る(Donald Trump Finally Sounded Like a President)」といったストレートな表現もみられましたが、全体的に「温和(soft)」という言葉がキーワードになっています。以下は各メディアのヘッドラインで、2つの場合は上段がオンライン版トップページの見出しで、下段は記事中のヘッドラインになります。

ポリティコ
「トランプ、暗い言い回しからトーンダウン(Trump tones down the dark rhetoric)」
→米国の「希望と夢」を語りつつ、大胆な選挙公約の遵守を表明したと報道。

CNN
「トランプは減税を求め、オバマケア撤廃を目指し、移民取り締まり強化を要請(Trump wants taxes cut, Obamacare gone, immigration reformed)」
「トランプ、野心的な展望説明でトーンを和らげる(Trump strikes softer tone in outlining ambitious vision)」
→トランプ米大統領は、初の施政演説で「政治家らしい拍子(statesmanlike cadence)」を使って刺激を与えたと評価。

ニューヨーク・タイムズ
「トランプ、目標達成に向けトーンを軟化(Trump Softens Tone in Outline Goals.)」
「トランプ、楽観的な演説で議会に“つまらない争い”の終幕を求める(Trump, in Optimistic Address, Asks Congress to End ‘Trivial Fights’)」
→超党派姿勢を明らかにしつつ、政策の優先順位のほか、移民政策をはじめどのように目標を達成するかは不透明と疑問視。

ワシントン・ポスト
「トランプ、議会演説で強硬な選挙公約を温和なトーンで伝える(Trump gives hard-line campaign vows a milder tone in speech to Congress)」
→強硬路線の選挙公約を柔らかなトーンで再装備し “偉大な米国の新しい章(a new chapter of American greatness)”と位置づけ、民主党の優先政策である出産・育児などの有給家族休暇の承認を求めたと報道し比較的好意的。

WSJ
「トランプ、米大統領としての展望を説明(Trump Outlines Presidential Vision)」
「トランプ、医療保険制度改革や税制改正の下で結束するよう議会に要請(Donald Trump Asks Congress to Unite Behind Health Care, Tax Overhauls)」
→米経済をはじめインフラや治安を改善させると確約したと報道、2009年のオバマ前米大統領との違いはこちらを参照。

FT
「トランプ、米国第一のテーマのトーンを軟化(Trump brings softer tone to “America First” theme)」
→具体策に乏しかったものの、共和党と民主党間での「つまらない争い」に終止符を打つよう求めたと報道。

エル・ウニベルサル(メキシコ)
「トランプ、移民受け入れに能力ベースを採用すべき発言(Sistema de inmigración debe basarse en méritos: Trump)」
→能力ベースで移民を受け入れれば、税金の負担は縮小し賃上げが容易になり移民を含め中流階級へのシフトが円滑化するとのトランプ米大統領の発言を報道。

アルジャジーラ
「ドナルド・トランプ、“新たなアメリカ精神”を求める(Donald Trump calls for ‘renewal of American spirit’)」
→トランプ米大統領が移民政策の一環でメキシコとの国境間の壁建設、移民政策の強化に言及したと伝えたほか、イスラム国家7ヵ国の入国禁止令に関し新たな手段を講じる可能性を示唆したと警戒感をにじませる。

アルジャジーラは、記事の中で民主党の女性下院議員が白いスーツや青いリボンを着用していた理由も、伝えていました。白は、1900年初頭に展開された婦人参政権運動のテーマカラー、“suffragette white”と呼ぶそうです。トランプ米大統領の議会演説に合わせ66名の議員は白を身にまとい、手頃な医療保険制度(オバマケア撤廃で避妊助成措置が廃止になる可能性)や避妊を含む家族計画、出産・育児休暇、男女同一賃金へ支持表明しました。

民主党の女性下院議員、議場で真っ白のスーツは存在感際立つ。


(出所:White House

筆者から見ても、トランプ米大統領の議会演説は大統領らしい内容でポジティブ・サプライズでした。直後にドル円が112円後半から下げ幅を縮小し113円半ばへ上昇したのもむべなるかな。ケンタッキー前州知事のスティーブ・バッシャーが、恒例の反対演説でオバマケア撤廃に力点を置いた理由も理解できます。そもそも、民主党全国委員会委員長の選出でもオバマ前政権で労働長官を務めたトム・ペレス氏に行きつくまでひと悶着あったように、民主党の間ではオバマ派とクリントン派で分裂し、サンダース議員のようなプログレッシブ派も結束を揺るがす状況。2018年の中間選挙までに足並みをそろえられるか不透明で、トランプ政権は敵失に助けられる可能性すらはらみます。

さて議会演説が終わり、次は3月16日頃に提出見通しの予算案に注目。ホワイトハウスは既に国防費の増額、インフラ投資も10年間で1兆ドルを提案していますが、財源確保がどこへ向かうのか各省庁、各種プログラムの恩恵享受者は戦々恐々でしょう。

(カバー写真:White House


編集部より:この記事は安田佐和子氏のブログ「MY BIG APPLE – NEW YORK -」2017年3月1日の記事より転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はMY BIG APPLE – NEW YORK –をご覧ください。