ゴルバチョフ「世界は核戦争の危機」

長谷川 良

ソ連最後の最高指導者だったミハイル・ゴルバチョフ氏はドイツのジャーナリスト、フランツ・アルト氏と新著を発表し、そこで核戦争の脅威が高まってきたと警告を発している。同氏は冷戦時代、米国との軍備拡大競争を回想し、「当時は一触即発の危機にあった。幸い、レーガン米大統領(当時)と核軍縮で一致し、核戦争の危機を克服した。21世紀の今日の情勢はその1980年代の状況に酷似してきた」と指摘する。具体的には、ロシアのプーチン大統領とトランプ米大統領の軍事拡大政策だ。

▲ゴルバチョフ・ソ連共産党書記長(1987年=ウィキぺディアから)

バチカン放送独語電子版は2日、ゴルバチョフ氏と共同で新著をまとめたアルト氏とのインタビュー記事を掲載している。「タイトルは、ミハイル・ゴルバチョフ、カサンドラ(凶事の予言者)か(神の使者の)預言者か」だ。以下、その概要を紹介する。

アルト氏によると、ゴルバチョフ氏(86)は依然、政治問題に鋭く反応し、肉体的、精神的にも健康だという。ただし、ゴルバチョフ氏は数年前から杖を突きながら歩くという。

アルト氏は、「ゴルバチョフ氏にとって、愛妻(ライサ夫人))の死(1999年)が今なお深く心を捉えている。両者は本当に愛し合っていた夫婦だったことが分かる。ソ連共産党の世界でペレストロイカ(改革)、グラスノスチ(情報公開)の改革を実行できた背後には夫婦の強い絆があったからだろう」と説明する。

欧州は1945年以降、大きな戦争はなく、平和の時を過ごしてきた。ノーベル平和賞受賞者のゴルバチョフ氏が何故、この時、第3次世界大戦の勃発の危機を警告するのか。

アルト氏は、「ゴルバチョフ氏は核戦争の勃発を恐れている。1980年代、欧州は東西に分断された冷戦時代だった。核兵器の拡大競争で核戦争の危機は現実的に差し迫っていた。技術的ミスや人間的ミスで核戦争が勃発する危機は常にあった。ゴルバチョフ大統領はその時、勇気ある決断を下し、軍縮に踏み出した。それを受け、レーガン米大統領が同調し、核戦争の危機を乗り越えることが出来た。21世紀の今日、当時と同じような状況が生まれてきた。プーチン大統領とトランプ米大統領は軍備拡大に乗り出してきたのだ。彼らは核兵器の近代化という名目で核兵器の拡大に腐心している。人類は既に克服したと信じてきた核戦争の危機に再び直面してきているのだ。ゴルバチョフ氏は核戦争の危機を排除できないとはっきりと主張している」という。

ゴルバチョフ時代、ソ連と米国は戦略核兵力の5割削減、中距離核戦力(INF)の全廃に合意した。その成功の主因は何だったのか、というバチカン放送の質問に対し、アルト氏は、「私もゴルバチョフに同じ質問をした。ゴルバチョフ氏はレーガン大統領との間の相互信頼があったからだ、と答えた。レーガン氏は冷戦時代の戦士だ。互いに厳しいパートナーだったが、信頼を勝ち得ることに成功した。信頼が生まれた決定的な出会いは1986年のレイキャビク米ソ首脳会談だったという」と説明した。

アルト氏は、「残念ながら、その信頼は長く続かなかった。西側は冷戦時代の終了、ソ連の解体を勝利と受け取り、北大西洋条約機構(NATO)は東欧に拡大していった。西側の言動を見たプーチン氏は西側に対し強い嫌悪感を持っている。そこで軍備拡大に乗り出してきたわけだ。西側は本来、冷戦の勝利を静かに祝う賢明さが必要だった。プーチン氏は数年前、『ソ連解体に今でも深い屈辱感を持っている』と述べている。同氏は、『オバマ前米大統領がロシアはもはや重要性を失った地域の大国に過ぎなくなったと発言したことを今も忘れることができない』と述懐している。プーチン氏は西側を信頼しなくなったのだ。ゴルバチョフ氏が指摘している点だが、東西間の緊張の主因は西側の無知だ」という。

ゴルバチョフ氏は、「プーチン氏はいい男だ。西側は彼と対話を継続すべきだ。東西間が厳しい現状であればあるほど、プーチン氏との対話が大切だ」と述べている。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2017年4月4日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。