かつて、私は地方労働委員会(現在は「都道府県労働委員会」と名称が変わっています)の公益委員をやっておりました。
当時の地方労働委員会では、労働組合と使用者側の紛争を斡旋したり救済命令を出したりする機関でした。
労働者委員と使用者委員、そして中立な公益委員の3人で担当し、公益委員が進行の指揮を執ります。
私は事件を落とすのが早かったので、年間10件以上の新規案件を処理していたのですが、多くは金銭的補償と引き換えに解雇を認めるという結果でした。
当事者のほとんどは中小企業の従業員で、地域の合同労組に加入して解雇した会社を相手取ります。
中小企業ですから、従業員数は少なくて企業内組合もありません。組合がないことから、強い立場の経営者が不当解雇するケースが多く、解雇された従業員が合同労組に駆け込むのです。
会社側は懲戒解雇だと主張することが多いのですが、調べてみるとほとんどが不当解雇でした。
解雇された従業員としては復職する権利があるのですが、小さな所帯の職場には戻りづらいのでしょう。最後は金銭補償で解決がつきます。金額的には、せいぜい給与の3ヶ月から6ヶ月分くらいです。
給与のたった3ヶ月分で辞める必要はないじゃないか?と疑問を感じるのは身分保障がしっかりしている大企業勤務の人たちでしょう。合同労組に駆け込んで労働委員会に申し立て、ようやくそれだけのお金を手にすることができるのが中小企業の従業員の実情なのです。合同労組の存在すら知らない多くの人々は、金銭補償を受けることなく泣き寝入りしているのです。
かつて、経理を担当している社長の奥さんの機嫌を損ねて「いびり出された」元従業員の相談を受けたことがあります。
「クビだ!」と宣告されたのに対して労働法規を盾にとって抵抗したところ、毎日のように集金金額が合わないと奥さんに指摘され、挙げ句の果てには不在中に机の中に覚えのない1万円札を入れられて泥棒扱い。自主退職しなければ警察に告訴すると言われて泣く泣く退職したというケースでした。
合同労組の存在や要する日数を大まかに説明すると、彼は目に涙をいっぱいにためて「復職など絶対したくないし、100万円にも満たないお金のために貴重な日々を無駄にするのは嫌です。私たちが労働法規で守られているなんてのは全くの絵空事なのですね」とつぶやきました。
そういうこともあって、公益委員に就任してからは一刻も早い解決を心がけました(最短は開始後48分、2番目が53分で決着)。通常は数ヶ月かかるケースが多いのですが、それに耐えきれない人たちもたくさんいるのです。後ろ向きの案件を抱えながら新しい職場で心機一転するのは…とてもとても大変だそうです。
編集部より:このブログは弁護士、荘司雅彦氏のブログ「荘司雅彦の最終弁論」2017年4月7日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は荘司氏のブログをご覧ください。