昨日のブログでは、米国のシリアのシャリラト空軍基地攻撃は国際法上は違法と言わざるを得ないが、トランプ大統領の声明内容の妥当性も鑑みて、広範な支持が集まると想定される。日本政府の支持も妥当だろう、ということを書いた。
ややこしい言い方だったかもしれない。大学の答案でも想定しているかのような言い方で恐縮であったが、議論の発展のための「正答」にするためには、以下のようなことにはふれてもらう必要がある。
国連憲章2条4項で定められた武力行使の一般的禁止の原則にてらして、合衆国の武力攻撃は違法だと言わざるを得ない。トランプ大統領の声明で言及されている行使理由は、いずれも違法性阻却理由として十分とは言えない。しかしこれは「武力行使に関する法」(jus ad bellum)についての違法性である。
トランプ声明で言及されている背景は妥当であり、シリア中西部で用いられた化学兵器は、化学兵器禁止条約違反であり、国際人道法違反であり、国連安全保障理事会決議違反である。4月4日以降、安保理では調査方法をめぐる議論がなされたが、ロシアの拒否権発動の可能性により、事態の進展は見込めない情勢であった。したがって戦争犯罪行為の当事者を処罰することのみならず、再発防止策を施すこともできない事実上の法執行の空白状態が生じていたため、合衆国はこれを行う意図をもって、化学兵器使用に用いられてきた政府空軍基地を破壊する措置をとった。強制的な措置の具体的な法的裏付けはないが、国際人道法(jus in bello)にそった論理の一貫性自体は認められる。
国連安保理緊急会合における国連政務局長の発言によれば、イランとロシアが米国を非難し、イギリス、オーストラリア、ドイツ、トルコ、サウジアラビア、イタリア、日本、オランダ、ニュージーランドが、アメリカを支持する立場を表明したという。報道によれば、イスラエルも支持表明しており、中国の習近平国家主席は「理解」を示し、中国は安保理でも平和的解決を訴えるだけで具体的な批判等は行わなかった。安保理で明確にアメリカ批判をしたのは、ロシアとボリビアだけだ。あとはウルグアイとカザフスタンが十分に批判的であった程度だ。同盟諸国の支持表明と、中国による非難の回避が確保できているのは、上記後段の論理が確保されているからだろう。
日本の別所浩郎大使は、安保理緊急会合において、アメリカの「決意」を支持し、アメリカの軍事的措置は事態の悪化を防ぐための予防行動であったと理解する、との見解を表明した。おおむね私が上述した理解に基づく態度だろうと考える。
朝日新聞の社説は、トランプ政権はアサド政権やロシアと協調するはずだったのに、「行動に一貫性が見られない」、と論じた。残念だが非常に穿った見方だと言わざるを得ない。この論調では、「ロシアと仲良くすると言ったのなら、化学兵器の使用くらい気にするな」、と言っていることになりかねない。トランプ政権は、ロシアに対して事前通告を行っており、それはシリア政府に対する事実上の事前通告だ。ロシアに対する敵対姿勢への転換ではないと受け止めるべきである。いずれにせよロシアとロシア主導で協調姿勢を取るという政策がアメリカから示されたことはない。アメリカの武力行使は国際法上違法だと言えるが、先立って行われた化学兵器の使用は明白かつ甚大な国際人道法違反である。両方について言うのでなければ、バランスが取れない。
トランプ政権高官が、「化学兵器使用がアメリカの死活的な国益に関わる」という言い方を繰り返しているのは、オバマ前大統領がやると言ってやらなかった「一線を越えた行為に対する毅然とした対応」をやると言ってやるのがこの政権だ、ということを国内向けにアピールする意図があるだろう。国際法的には化学兵器禁止条約と国連安保理決議に言及し、違法行為に対する法執行の意図がある立場を示している。シリア戦争の行方に影響力を行使する意図は表明していない。当然だが、アル=ヌスラ戦線の勢力拡大は避ける配慮はするだろう。ロシアとの協力関係も、アメリカのほうから破棄するとは表明していない。現在までのところ管理された言い方になっていると感じる。
安保理緊急会合では、ボリビア政府代表が、2003年イラク戦争前に当時のパウエル国務長官が行った演説を写真付きで参照し、今アメリカがシリアで行っているのは同じ行為だ、と論じた。私個人にとっても、興味を感じる言い方だ。私はイラク戦争には反対した。米国での在外研究中だったため、首都での開戦反対デモにも参加した。そのことを幾つかの紙媒体につづったし、戦争開始後の批判は、拙著『平和構築と法の支配』(2003年)にも書きこんだ。その私に言わせれば、パウエル国務長官の安保理演説は、学者の検証に耐えうるものではなかった。学者は情報を集めるが、しょせんは諜報が本務ではないので、最後は論理的な推論で議論を固める。パウエル演説は、まだ存在が不明な事柄を存在していると推論させるための議論としては、証拠にならないあやふやな情報を邪推による断定でまとめ上げた拙劣なものであった。それは私を含めた同時代の多くの人が感じたことだ。
今回の化学兵器使用は、状況が異なる。化学兵器が使用された事実が、複数の情報源から、確証されている。化学兵器が、航空兵力によって投下されたことが、複数の情報源から確証されている。シリア内戦の国内の紛争当事者の中で、空軍力を展開できるのは事実上シリア政府だけである。アメリカが、シリア国内の航空機の移動状況を把握する情報収集能力を持っていることは自明である。化学兵器が投下された時刻に現地上空を飛行していた航空機が、政府空軍基地を往復していることを掴んでいるとアメリカ政府が主張するのであれば、アメリカが意図的に情報をねつ造しているのでない限り、論理的な推論の結論は自明だ。アメリカが十分な証拠を公にしているか否かは、国内の刑事訴訟の手続きであれば問題になるが、今回のような事例で外交的に処理されるのは、仕方がない。
安保理緊急会合において、ロシア大使は、ロシアがテロリスト組織を撲滅する活動をアメリカとともに共同で行ってきたことを強調し、なぜ化学兵器使用に関してシリア政府が無実であることを推論の出発点にしないのか、と語りかけた。また、アル=ヌスラ戦線が化学兵器を持っているのではないかと論じながら、化学兵器使用状況に関する現場のNGOなどからの情報を無視すべきだという趣旨の発言まで行っている。発言記録を見る限り、今回については、ロシアのほうが感情的で論理性が不足している。
トランプ政権が取った行動は、化学兵器を使用した航空機が発着したと確認された空軍基地を破壊するという点で、緊急避難的な戦争犯罪再発予防措置として、論理的一貫性がとれている。ヘイリー国連大使が、「更なる行動をとる準備がある」と発言したことが報道されているが、実際にはヘイリー大使は「そのような行動が必要でないことを望む」とも付け加えている。
すでにアメリカの安全保障政策が、マティス国防長官とマクマスター大統領補佐官という二人の元軍人を中心に展開していることは、明らかになっている。また国連ではヘイリー大使が裁量を持ちながら政策に確信を持って行動していることが感じられる。トランプ大統領は変わった人物だ、という点に、過度に気を取られ過ぎるべきではない。
編集部より:このブログは篠田英朗・東京外国語大学教授の公式ブログ『「平和構築」を専門にする国際政治学者』2017年4月9日の記事を転載させていただきました(タイトルは編集部改稿)。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。