【映画評】午後8時の訪問者

渡 まち子

ベルギーの小都市。小さな診療所で熱心に働く若い女医ジェニーは、ある日、診療時間を過ぎた午後8時に鳴ったベルに応じなかった。翌日、診療所近くで身元不明の少女の遺体が発見される。診療所の監視カメラに写っていたその少女は、助けを求めていた。少女は誰なのか。なぜ死んだのか。あの時、ドアを開けていれば…と罪の意識にかられたジェニーは、少女のことを調べ始めるが、死の謎を探るうちに、意外な真実が浮かび上がってくる…。

時間外に診療所に来た少女の助けに応じなかったことで彼女の死に責任を感じる女医の葛藤を描くヒューマン・サスペンス「午後8時の訪問者」。カンヌ映画祭の常連であるダルデンヌ兄弟監督は、しばしば社会の底辺で生きる人々が抱える、貧困、差別、犯罪、移民問題などを題材にしてきた。それらの矛盾した実態を淡々と描くことで、社会問題が浮かび上がるのが作風の特徴だが、決して政治的なメッセージを声高に叫ぶことない。本作でもしかり。亡くなった少女の死に責任を感じるヒロインのジェニーは、自分がドアを開けて応じていれば、彼女の命を救えたかもしれないと考える。それは医者という職業柄もあるが、何よりもジェニーが誠実な人物だからだ。アフリカ系のその少女は不法滞在の娼婦で、いわば誰からも顧みられない存在だ。だが、ジェニーは、せめて彼女の名前を調べて故郷の家族に連絡したいと願って事件を調べ、時に危険な領域にまで入り込んでいく。

なぜ少女は殺されたのか、犯人は誰か、という謎解きのスタイルで進んでいくことで、本作は今までの作品に比べてぐっと娯楽性が高まっていて飽きさせない。ジェニーの患者である少年ブライアンの嘘や、彼の両親の思惑、娼婦だった少女の背後にある闇組織などの存在が明らかになり、事件は意外な結末へ。償いの旅をするジェニー自身にも、医者として、人間として、心の変化が訪れるストーリーが秀逸だ。ヒロインを演じる仏の人気女優アデル・エネルの、繊細で寂しげな、それでいて強い意志を感じる表情が忘れがたい。
【75点】
(原題「LA FILLE INCONNUE/THE UNKNOWN GIRL」)
(ベルギー、フランス/ジャン=ピエール、リュック・ダルデンヌ兄弟監督/アデル・エネル、オリヴィエ・ボノー、ジェレミー・レニエ、他)
(ミステリアス度:★★★★☆)


この記事は、映画ライター渡まち子氏のブログ「映画通信シネマッシモ☆映画ライター渡まち子の映画評」2017年4月12日の記事を転載させていただきました(アイキャッチ画像は公式Facebookページから)。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。