立派な商人になる?

北尾 吉孝

新渡戸稲造博士曰く、「商人が商人として立派になろうとするには、人として立派なことをすることを世渡りの方針にしなければいけない」とのことであります。

1900年の刊行当時大反響を呼び、今日でも約30カ国語に訳されている世界的ベストセラー、『武士道』の著者に反論するのは非常に恐れ多いこととは思いますが、之には率直に申し上げて私には異論があります。

一商人が立派か否かと判断する時に、それは人間として以外に有り得ません。職業の別や貴賤富貴の別といった類は、人間的な立派さとは関係ありません。

昔で言えば之は、大人(たいじん:徳の高いりっぱな人。度量のある人)として思えるかどうかという話であって、世俗的成功とは全くの無関係です。

人の立派さとは、社会的なアチーブメントは兎も角その人が出来る範囲での、社会に良いこと・人に良いことに対する一生懸命な努力・献身的な姿、等で示されるものです。

そもそもが「商人として立派になろうとする」ために、「人として立派なことをする」とは本末を誤った考え方と言えましょう。

人間として立派かどうかが、立派な商人の大前提です。人間として立派な人は当然、商人として立派になるはずなのです。