枢機卿「中国共産政権に騙されるな」

長谷川 良

「バチカンと中国共産党政権の間でまもなく基本的合意が実現できるだろう」という。香港教区司教のジョン・トン・ホン(湯漢)枢機卿が教会新聞の中でこのように述べている。
両者は過去2年間、6回会合を開き、共同作業グループは両者間に横たわってきた難問の基本的解決で一致したという。具体的には、司教の任命問題で北京とバチカンが合意したというのだ。中国共産党政権の官製聖職者組織「愛国会」が司教を選出し、信者たちの承認を受けた後、ローマ法王にその追認を求める、というプロセスだろう。

▲バチカンの中国接近に警告を発する陳日君枢機卿(香港司教区のHPから)

それに対し、香港カトリック教会の最高指導者を2009年に離任した陳日君枢機卿(Joseph Zen Ze-kiun)は、バチカンが中国に接近することに強く反対している。「バチカンは中国共産党政権のずる賢さを過小評価している。騙されるだけだ」と警告を発する。

以下はバチカン放送独語電子版(5月4日)で報じられた陳日君枢機卿の「主張」だ。

「自分の意見は多分、教会内でも少数派だろうが、自分は特別な経験をしてきた。中国人として上海で生まれた。上海司教区を若い時代に去ったが、多くのことを見聞きしてきた。自分が所属していた修道院サレジオ会は非常に活発で深い宗教的雰囲気があった。香港に移ってからも中国本土との接触はあったので、北京の現状を見てきた。多くの兄弟は北京政府の政策を嫌い、地下教会に属している。厳しい文化革命時代でもそうだった」

「自分は1989年6月の天安門事件後、中国政府下の神父育成セミナーで7年間、教師を務めた。1989年から1996年の間、7回、セミナーの講義を担当した。1年の半年は北京で生活していた。だから、北京政府の政策を自分の目で目撃した。自分は北京でも友好的な歓迎を受け、そのように扱われたが、『愛国会』所属の司教たちがどのように扱われているかを見聞きした。その内容を忘れることはできない。その後、北京から流れてくる情報は自分が見聞きした情報を裏付けるものだけだ。現在の状況も変わらない。中国政府がバチカンと友好関係を本当に願っているとは信じられない」

「自分のような体験をした者は少ないだろう。中国とバチカン関係が急速に改善するといった楽天主義的な見通しを持てない。習近平国家主席が全国大会で行った演説や決定事項を見る限り、そのような楽天主義とは全く反対方向だ。中国共産政権はわれわれを更に一層制限し、管理するだろう。彼らは全ての宗教団体を一層管理する考えだ。にもかかわらず、カトリック教会信者だけがもっと自由を得ると信じることができるだろうか」

「両国の関係正常化とは、地下教会が官製組織『愛国会』の管理下に入ることを意味する。自分の体験からどうしても悲観的にならざるを得ない。バチカンは中国共産党政権の実相を知らないのではないか。全体主義政権の恐ろしさを知らないのだ」

バチカンと中国は1951年、国交を断絶した。両国間には、台湾の承認問題のほか、司教任命権問題が横たわってきた。バチカン側は「司教の任命権はローマにある」との立場を繰り返し主張してきた一方、中国側は「司教の任命は内政問題」として、バチカン側の干渉を拒否。台湾問題では、バチカン側に台湾との国交断絶を要求してきた。

中国当局は過去、ローマ法王に忠実な聖職者を迫害し、地下教会の摘発を繰り返してきた。その一方、1957年に創設された官製聖職者組織「愛国会」はバチカンの認可なく、多数の新司教を選出してきた。それに対し、べネディクト16世は当時、強い「遺憾」を表明する一方、2007年には「中国のカトリック信者への書簡」を公表している。

バチカン放送によれば、愛国会は現在、中国を138教区に分け、司教たちが教区を主導している。ローマ法王に信仰の拠点を置く地下教会の聖職者、信者たちは弾圧され、尋問を受け、拘束されたりしてきた。ただし、両教会の境界線は次第に緩やかになってきていることも事実だ。例えば、「愛国会」に所属する司教たちが後日、ローマ法王によって追認されてきたからだ。

バチカンによれば、中国には、愛国会所属の信者数は約500万人、地下教会所属の信者数が同数の500万人と推定されている。中国国営テレビによると、「国内でカトリック教会が拡大してきた。特に、青年層でカトリック教会に惹かれる傾向が見られる」と報じるなど、ここ数年、中国ではカトリック教を含む宗教一般への関心が高まってきている。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2017年5月6日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。