ゲオルギー・システマスキー
夜間飛行
2016-06-20

 

「システマ」というロシアの格闘術がある。もともとは軍隊格闘術なのだが、技術に加えてメンタルや体調管理も重視するという特徴があり、世界中のビジネスマンやアスリートにコンディショニングメソッドとして注目されつつある。

それはどういったもので、日々の暮らしの中でどのように役立つものなのか。小説仕立てでわかりやすく解説したのが本書である。主人公はこれといった夢も目標も無いまま日々を漫然と生きる営業マンだ。バリバリ働いてる同期や同僚のことをどこか羨ましく思いつつ、自分にはとてもムリだと割り切って生きている。

そんな彼だが、ふとした出来事をきっかけに「ロシア人の変なおっちゃん」の指導を受け、システマ式セルフコンディションに取り組むことになる。すべて「なるほど」と思うテクニックだが、特に筆者が感心したのは“呼吸”だ。

「心臓の鼓動を勝手に止めることはできないのと同じぐらい、恐怖心をコントロールするのは難しい。サウナに入ったら、いくら『汗をかかないぞ』と心に決めたところで、汗を停めることはできひんし、寝不足が続いたらどんな奴でもいつかは眠ってしまうやろ?

ところが、呼吸ちゅうのは不思議なんや。基本的には意識しなくても勝手にやってるものやのに、やろうと思えば意識的に深くしたり、止めたり、早めたり、ゆっくりしたりすることができる。つまり、呼吸は、意識と無意識の架け橋になるっちゅうことや
(中略)
意識的な呼吸によって、無意識の緊張や恐怖心をコントロールすることができるのや」

どの指導も生活の中でちょっとだけ意識すれば実行できるものだが、やがて主人公の生活は大きく変わり始める。

さて、従業員の前向きなモチベーションを維持するのは人事制度を回す上でもとても重要なポイントで、筆者自身、そういうポイントに力点を置いて話をするのだが、しばしばこういう質問を受ける。
「モチベーションがゼロになった人はどうすればいいでしょう?」
そうなってしまったら、もはや会社や人事制度にはいかんともしがたいというのが筆者の考えだ。たとえば勤続年数ではなく担当する業務で処遇が決まる流動的な人事制度にすれば、誰にでもチャンスが与えられることにはなる。でも実際にそのチャンスを生かして勝負するかどうかは本人次第であり、誰かがクビに縄を付けてやらせるわけにもいかない。

「別に本人がやる気ないならOKじゃないの?」という人もいるだろう。でもかつて55歳だった定年はいまや実質65歳。近いうちに70代まで現役でいなければならない時代が到来するのは確実だ。そんな時に「仕事はただただ生活費を貰うだけの時間の切り売りなんで、とにかく省エネでのりきるだけでいい」というスタンスでいいのか。それは仕事≒「省エネでやりすごすだけの期間」≒人生となってしまうのではないか。

別に筆者は出世しろとかじゃんじゃん稼げというつもりは無くて、ただ、仕事である程度の努力とか能力とかのリソースを突っ込んで充実感を得られるパスを作っておいた方が長い目で見て幸せなんじゃないか、ということだ。

ちなみに、「ロシア人の変なおっちゃん」が主人公に出した最後の指令メモには「生きろ」とただ一言書かれているだけだった。もちろん、主人公はその真意をはっきりと理解する。

人が生きている、ということは、ただ飯を食い、眠るだけじゃない。その人が人間らしく、清々しく生きているということだ。

キャリアデザインを考える上で、自身のコンディションを整え、前向きなモチベーションを維持するのは基本中の基本と言っていい。本書はそのための示唆に富む一冊だ。


編集部より:この記事は城繁幸氏のブログ「Joe’s Labo」2017年5月8日の記事より転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はJoe’s Laboをご覧ください。