オバマ前大統領のウオールストリートでの講演料が4500万円(40万ドル)と報道され、大統領時代の金融街への批判的な姿勢と対照的だと話題になっている。クリントン元大統領の1回の講演料は平均約2000万円だったそうなので、それよりは高いが、桁外れに高いというわけではない。われわれの講演料とは3桁くらい違うが。
資本主義社会では、物の価値・価値は、需要と供給のバランスで決められるのだから、前大統領の講演の価値がそれだけ高いといって文句をつける筋合いではない。民主党としては、金融街出身者が多いトランプ政権を批判しにくくなる状況が生ずるだろうが、講演会を主催する投資銀行が、前大統領のスピーチにそれだけの価値を見いだしたのだから、それも仕方ないだろう。オバマ前大統領はスピーチは上手だし、広島来訪時の核廃絶に向けたスピーチは非常によく練られて格調の高いものだったとの印象が残っている。
個人・企業に関わらず、真っ当な方法でお金を稼ぐのであれば、いくら稼いでもそれは自由だ。ただし、日本と米国の大きな差は、稼ぐお金の額と稼いだお金をどのように使うかだ。米国では膨大な資金が、個人や企業によって、大学や公的機関に寄付される。有名な大学では1年間で数百億円単位の寄付金が集まる。確かに税制面での違いはあるのだが、シカゴ大学内のビルの多くにも、寄付をした人や家族の名前が冠としてつけられている。オバマ前大統領が、講演で稼いだお金で、教育機会に恵まれない地元シカゴの子供たちに、高いレベルの教育を受けることができるチャンスを提供することになれば、批判は一気に吹き飛ぶかもしれない。
会社は、CSR(Corporate Social Responsibility=企業の社会的責任)、すなわち、社会にどのように貢献しているのかが、企業価値の尺度の一つとなっている。「会社」をひっくり返せば、「社会」になるのだから、「会社」は常に「社会」からどのように見られているのか、「社会」にどのように還元するかを意識すべき存在でなければならないと思う。米国のIT関連企業などは、国際的にも国内的にも現実の社会、将来の社会に向けた貢献を考えた活動をしている。オバマ前大統領が、今後社会にどう貢献するのか興味深い。
そして、医療に関しては、「Journal of Clinical Oncology」誌に発表された論文を紹介したい。一般的には転移病変を積極的に切除する事はしないが、大腸がんの場合、肝臓に転移があっても、転移数が限られていると切除する場合が多く、それが予後の改善につながっている。「Perioperative Hepatic Arterial Infusion Pump Chemotherapy
Is Associated With Longer Survival After Resection of Colorectal Liver Metastases: A Propensity Score Analysis」というタイトルの論文では、手術後に(20%弱は手術前に)肝動脈から注入する化学療法を受けた場合、生存率が高くなると報告されていた。2368名のデータを解析した結果、生存中央値は肝動脈注入群67ヶ月に対して、コントロール群は44ヶ月だった。肝動脈からの化学療法を受けた患者さんの方が、肝臓への転移数が多いなど、がんがより進行していたという状況なので、この肝臓への直接的な抗がん剤の投与が有効と考えられる。ランダム化試験でないとエビデンスでないという医師も多いが、科学的な思考能力があれば、この治療法は有効だと判断するはずだ。
医療では多くの患者さんの治療に関する情報が、同じ疾患を持つ患者さんの治療に役立つ。しかし、個人情報保護が、患者さんの利益よりも優先される日本では、ビッグデータの活用は難しい。なんとかならないものか!!
編集部より:この記事は、シカゴ大学医学部内科教授・外科教授、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のシカゴ便り」2017年5月3日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。