日米韓で異なる北の“レッドライン”

長谷川 良

北朝鮮国営「朝鮮中央通信」(KCNA)は29日、「精密制御誘導システムを導入した新たな弾道ミサイルの試験発射に成功した」と報じた。問題はその次だ。「目標点に7メートルの誤差で正確に命中した」(読売新聞電子版)というのだ。“誤差”7メートルと“正確”という表現の間で奇妙な矛盾を感じた。7メートルの誤差があれば、「正確に的中した」とは言えない。ミサイル問題専門家に説明を聞かなければならないが、数百キロ飛行するミサイルにとって、7メートルの誤差は無きに等しいから、「正確に的中した」という表現で大きな間違いはないのかもしれない。

▲北の「宇宙監視中央センター」(2013年1月14日、駐オーストリア北大使館の写真展示ケースから)

北朝鮮は多種多様な長・中・短距離ミサイルを保持していることは知られている。米本土まで到達可能な大陸間弾道ミサイル(ICBM)開発までには時間がまだ必要と受け取られているが、「あと数年で可能」というのが米国側の予想だ。

シリアのアサド政府軍が化学兵器を使用した時、オバマ前米政権は当時、“レッドラインを超えた”と表明したが、北朝鮮の場合、米本土に届くICBM開発が米国のレッドラインとみて間違いないだろう。だから、北側が頻繁に中・短距離ミサイルを発射したとしてもレッドラインを超えていないから、米国は警告に留めることになる。

一方、日韓両国のレッドラインは本来、米国のそれと同一ではない。北の短距離・中距離ミサイルは韓国の首都ソウルや東京まで届く。ICBMなど必要ではない。北が短距離ミサイルを発射すれば、それはイコール、レッドラインを超えたことを意味する。
しかし、日韓両国が「レッドラインを超えた」と声高く叫んでも即軍事制裁に乗り出すことはなかった。米軍が動かないからだ。米軍は今回、2隻の空母、米原子力空母「カール・ビンソン」(CVN 70)と「ロナルド・レーガン」(CVN 76)を朝鮮半島周辺に派遣する体制を敷き、平壌に圧力をかけているが、北の中・短距離ミサイル発射では米軍に出動命令は下りないだろう。

すなわち、トランプ大統領は「日韓同盟国の安全を守る」と表明してきたが、短・中距離ミサイル発射の場合、米軍は日韓の安全を守るため戦闘を開始することは考えられない。米国ファーストは決して経済・貿易分野だけに限られていないのだ。同盟国の安全問題でも先ず米国第一が優先されるからだ。
ホワイトハウスの報道官は、北のレッドラインについて質問を受けた時、明言を避けている。当然だろう。日米韓でレッドラインに微妙な違いがあることが表面化すれば、対北戦線の結束が乱れる恐れがあるからだ。

北朝鮮は今年に入って既に9回のミサイルを発射させた。金正恩政権発足から計54回という。北軍事関係者は、400キロの飛行ミサイルを発射したとしても日韓両国は騒ぐが、米軍は動かないことを知っている。

ところで、ミサイルを正確に目標地まで飛行させるためにはミサイルを誘導するナビゲーションが不可欠だ。実際、北は今回、「精密制御誘導システムを導入した」とわざわざ誇示している。これが事実ならば、北のミサイルの精確度は飛躍的に改善されたとみて間違いない。北は日韓両国のレッドラインを更に一歩、深く踏み込んできたわけだ。

中国反体制派メディア「大紀元」は5月29日、米誌「ナショナル・インタレスト」5月23日の内容を紹介し、「北側は独自の衛星ナビを有していないから、中国の衛星測位システム『北斗』を利用しているという憶測が流れている」と報じた。
中国の「 北斗」は、 米国の全地球測位システム(GPS)の機能と同じように、民間・商業用のシステムと、軍事用システムの2つのナビサービスを提供している。中国側に「北が衛星ナビを利用しないように対応すべきだ」という声が出てきたとしても不思議ではない。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2017年6月1日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。