サウジとテヘラン同時テロ事件

サウジアラビア、バーレーン、アラブ首長国連邦(UAE)、それにエジプト、イエメンなどイスラム諸国は5日、カタールと国交断絶すると発表した。理由は、カタールが国際テロ組織「アルカイダ」やイスラム過激派テロ組織「イスラム国」(IS)を経済的に支援しているからだという。

▲カタールの首都ドーハの風景(カタール政府観光局のHPから)

カタールの「テロ支援説」について。カタール側が4月、イラク南部やシリアでシーア派テログループに拘束されていたカタール人を釈放するため保釈金10億ドルを支払ったが、その大部分が最終的にはイラン側の手に渡ったことが判明し、イランを敵視するサウジ側の怒りを買ったというのだ。それだけではない。カタールの「イラン接近説」がある。実際、カタールはイランとは天然ガス地域を共有していることもあって、イランとの関係は他のアラブ諸国の中では最も中立的な立場だ。

サウジは3年前もカタールに対して孤立政策を実施したことがあるが、今回は経済的制裁だけではなく、領海、領空の閉鎖など、対カタール・ボイコットは徹底している。国内のカタール人に対し2週間以内の退去を要求しているほどだ。

カタール側は「テロ支援はまったくの誤報だ」と反論し、サウジらの批判を根拠がないと一蹴。7日に入ると、ロシアが湾岸地域の政情を不安定化する狙いからカタールへサイバー攻撃を仕掛けた結果、カタールのテロ支援説が拡大し、サウジらの対応を生み出したという「ロシアのサイバー説」が外電で流れてきた、といった具合だ。憶測が憶測を生む、といった状況といえるかもしれない。

そのような時、イランの首都テヘランで7日、2件の同時テロ事件が発生した。テヘランからの情報によれば、少なくとも13人が死亡、40人以上が負傷した。テヘランの同時テロ事件の背後について、カタールに接近するイランへのサウジ側の報復攻撃という「サウジ関与説」が既に流れてきた。理由がまったくない訳ではない。7人の武装テロリストが国会議事堂とテヘラン南部にあるイラン革命の父、「イマーム・ホメイニ廟」を襲撃したことに対し、欧州のテロ問題専門家は「テロリストが襲撃した場所はイランという国家の中心的、象徴的な場所だ。故ホメイニ師はイラン革命の父であり、議事堂はシーア派のイラン国民の代表が集まる場所だ。テロリストは恣意的にターゲットを選び、イランというシーア派国家を攻撃したわけだ」と説明する。

テロ事件後、イスラム過激派テロ組織ISが犯行を声明したが、ISはサウジと同様、スンニ派だ。もちろん、ISはサウジ国内でもテロを行っているが、今回のイラン同時テロの背後にはサウジが間接的に支援している可能性が高いというのだ。ちなみに、テヘランの同時テロの実行犯7人はいずれもイラン出身。6人は射殺されたり、自爆した。

「サウジ関与説」を支えるもう一つの理由として、トランプ米大統領がサウジ訪問でイランを「地域の安定を破壊する主因」として名指しで批判したことだ。サウジ側はトランプ大統領のイラン批判を受けて、対イラン攻撃の機会を狙っていたという解釈だ。

スンニ派の盟主サウジとシーア派国家イランはこれまでイラクやイエメンでそれぞれ支援勢力に財政的、軍事的に支援するといった代理戦争を展開させてきたが、テヘランの同時テロ事件後、両国は正面衝突する危険性が高まってきたとみるべきだろう。実際、イラン革命防衛隊は7日、「今回のテロを主導した勢力へ我々は報復をする」と宣言し、間接的にサウジへの戦争宣言をしている。

ベイルートで2013年、イラン大使館が襲撃された時、イラン側は即報復には出ていない。だから、テヘランの同時テロ事件でもイラン側が即報復に出ることはなく、状況を慎重に分析するだろう、といった意見も聞かれる。

カタール断交を決定したサウジらイスラム諸国に対し、トランプ米大統領は、「私のサウジ訪問の成果だ。テロ対策にとって重要な前進」と評価するツイッターを発信したが、その翌日、「関係者は対話を通じて関係改善に乗り出すべきだ」とトーンを変えている。米国はカタールに地域最大規模の米軍を駐留させるなど、カタールとは密接な関係を維持してきた。中東の混乱が広がらないために、トランプ大統領がサウジらイスラム国とカタール間の調停に乗り出すことも考えられる。

いずれにしても、包囲された状況が続けばカタール側はトルコ、ロシア、中国と接近することで外交孤立から脱出を図る意向という。イラン側はカタールへ食糧輸送を支援している。ロシア、中国、そして米国ら主要大国はサイバー攻撃や情報工作で状況を操作する動きを活発化させてきた。中東地域から原油輸入に依存する日本はサウジとイランの動向から目を離せられなくなった。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2017年6月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。