イスラム教徒狙った「テロ」の波紋

「これで分かっただろう。われわれイスラム教徒もテロの犠牲者なのだ。イスラム・フォビア(憎悪)が社会の反イスラム傾向を高めているのだ」、「これは明らかに報復テロだ。イスラム過激派テロ事件が多発しているから、イスラム教信者をターゲットとしたテロで復讐しようとする者が現れても不思議ではない。男は決して精神錯乱者ではなく、恣意的にイスラム教徒を狙ったテロリストだ」
一人の若いイスラム教徒が英BBC放送記者のインタビューに応えてこのように語っていた。

▲テロ対策に取り組む英国内務省(Home Office)の庁舎(英内務省公式サイドから)

ロンドン北部フィンズベリー・パーク地区で19日未明(現地時間)、1台の白色ワゴン車がモスク(イスラム寺院)のラマダン明け後の食事を終えて出てきたイスラム教信者たちにぶつかり、1人が死亡、10人が負傷した。ワゴン車を運転していた47歳の実行犯は、騒動に気がついて駆け付けたイスラム教信者らによって取り押さえられ、警察に引き渡された。

目撃者の話では男は、「これで自分の役割は果たした」、「イスラム教徒をすべて殺す」と叫んでいたという。ロンドン警察当局は男について詳細な情報を公表していないが、メイ首相は、「潜在的なテロ行為だ」と既に批判している(19日はブリュッセルで欧州連合(EU)との離脱交渉が正式にスタートした日だった)。

独週刊誌シュピーゲル(電子版)によると、車から引きずり降ろされた男に数人のイスラム信者たちが取り囲み、殴打しようとしたが、イマーム(イスラム指導者)が駆け付け、「殴打するな。警察に引き渡すべきだ」と信者たちを宥めたという。イマームが駆け付けなければ、男はリンチされたかもしれないという。

犯行現場近くのフィンズベリーモスクは2000年初めまで「憎悪の説教者」と呼ばれたイスラム過激派指導者 Abu Hamya 師の拠点であり、国際テロ組織「アルカイダ」などイスラム過激派テロリストの潜入先だったこともあって一時閉鎖されたが、2005年からイスラム穏健派によって再開された。ロンドンのモスクでも中心的な建物だ。

イスラム教では先月27日から今月27日までイスラム教の「五行」の一つ、ラマダン(断食月)期間で、太陽が昇ってから沈むまで食事を断つ。太陽が沈めば、信者たちは知人や友人を招いて家庭で断食明けの食事を楽しむ、独り者のイスラム信者たちは最寄りのモスクに行って食事する。食事会は翌日未明まで続く場合がある。太陽が昇る前までは食事が許されるからだ。

ロンドンでは3月22日、1人の男が車を暴走させ、ウェストミンスター橋上の歩行者を轢き、ウエストミンスター宮殿敷地に入り、警官を襲うというテロ事件が起き、5人が死亡した。先月3日にはロンドン中心部のロンドン橋で3人のテロリストがワゴン車で歩道を暴走し通行人を轢き、その後、車から降りて、近くの繁華街「Borough Market」で人々を刃物で襲撃する事件が起きた。8人が死亡、48人が負傷して病院に搬送されたばかりだ。今回のテロ事件も含め、車両を利用したテロ事件が増えてきている。

欧州では過去、北アフリカや中東からのイスラム系難民・移民が収容されている難民ハウスや収容所が襲撃されるという事件は頻繁に起きているが、今回の事件のように、居住するイスラム教信者を狙った計画的テロ事件は珍しい。それだけに英治安関係者は神経を使っている。この種のテロ事件が今後、多発する危険性が出てくるからだ。

先述した若いイスラム教徒が言っていたように、「テロ」は民族、国境、宗派の壁を超えて起きる。それ故に、「反テロ」もそれらの壁を超えて結束しなければならない。その最初のステップは、特定の民族、宗派への憎悪を拒否する姿勢だろう。

フィンズベリー・パーク地区出身の英労働党のジェレミー・コービン党首は、「モスク、シナゴーク(ユダヤ教の会堂)、そしてキリスト教会へのテロは、われわれ全てへのテロを意味する。それゆえに、われわれは他宗派の信者を守らなければならない」と述べている。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2017年6月21日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。