ローマ法王の「任命責任」

ローマ法王フランシスコにとって苦しい日々だろう。自身が2014年2月に新設したバチカン法王庁財務事務局ポストの責任者に抜擢した前オーストラリア教会最高指導者ジョージ・ペル枢機卿が同国の検察所から未成年者への性的虐待容疑で起訴されたのだ。本人は今月18日、メルボルンの裁判に出廷して自身の潔白を表明するという。同枢機卿の未成年者虐待容疑は既に数年前からくすぶってきたが、同枢機卿はその度に「私を中傷する目的であり、全く事実ではない」と強く否定してきた。

▲未成年者への性的虐待容疑を受けるペル枢機卿(ウィキぺディアから)

オーストラリアの「聖職者性犯罪調査王立委員会」(2013年設置)は同国のローマ・カトリック教会最高指導者であったぺル枢機卿(76)の性犯罪容疑に関心を向けてきた。具体的には、性犯罪の隠蔽問題ではなく、枢機卿自身が犯した性犯罪容疑が対象となっていた。同国ビクトリア州検察局がペル枢機卿自身の性犯罪容疑で調査を開始したことが明らかなると、バチカン放送は速報し、教会内外に大きな衝撃を投じた。

フランシスコ法王の最側近、ペル枢機卿が未成年者への性的虐待事件に関与していたと判明すれば、同枢機卿を財務局長官に任命したローマ法王の引責問題が出てくる、バチカンは大きな衝撃を受けることは必至だ。ちなみに、同枢機卿はフランシスコ法王最側近のブレイン、9人の枢機卿から構成されたチーム(C9)の1人だ。フランシスコ法王に最も信頼されてきた枢機卿と言えるわけだ。

29日に公表されたバチカン報道用表明によれば、「ローマ法王はペル枢機卿のこれまでの歩みに感謝する一方、その職務を高く評価してきた」という。

枢機卿自身は先月29日、メルボルンの裁判出廷のためバチカンの職務(財務省長官)を暫定的に休職したい旨をフランシスコ法王に申請し、受け入れられたことを明らかにする一方、「自分は全く関係していない。中傷だ。裁判で事の真相を明らかにできる機会が与えられたことを喜んでいる」と述べている。同長官不在中は書記官たちが職務を継続し、「裁判で何らかの決定がでるまで財務局長官人事はあり得ない」(バチカン放送)という。

ペル枢機卿に対する性的虐待容疑はここにきて詳細に及んできた。被害者が出てきて生々しい証言をしているのだ。ジャーナリストのルイス・ミリガン女史は新しい本の中で、「1990年代、メルボルン大司教就任後、ペル枢機卿は2人の合唱隊の少年に性的虐待を行った」と書いている。同女史によると、2人の少年の1人は2014年、麻薬中毒で死去した。2人目の犠牲者がジャーナリストに、「ティーンエイジャー時代にペル枢機卿に性的虐待を受けた」と証言したという(「豪『枢機卿』の性犯罪容疑が再浮上」2017年5月20日参考)という。

一方、ペル枢機卿の反論も決して揺れていないのだ。曰く、「私という人間の性格を攻撃する継続的なキャンペーンがメディアを通じて展開されてきている」と指摘し、「私にとって未成年者への性的虐待は恐ろしい犯罪だ」と強く反論しているのだ。そして枢機卿はメルボルンの裁判で身の潔白が明らかになり次第、ローマに戻り自身の職務を継続したいという。

ペル枢機卿の反論が正しければ、枢機卿こそ犠牲者ということになる。真相は裁判の結果を待たなければ何も言えない。メルボルンからの情報によれば、ペル枢機卿が起訴されたというニュースが報じられた後、ペル枢機卿の性犯罪を告白したジャーナリストのミリガン女史の本が本屋から姿を消したという。理由は「裁判の行方に影響を与えないため、出版社側が決定した処置」という。

ペル枢機卿が未成年者への性的虐待問題で有罪判決を受けるようなことがあれば、フランシスコ法王が就任以来、推進してきたバチカン改革が頓挫する危険性が出てくる。少なくとも、反フランシスコ派のバチカン高官たちを勢いづけることは間違いないからだ。

ちなみに、ローマ・カトリック教会で枢機卿が性犯罪容疑で失脚した例がある。1990年代のオーストリア教会最高指導者だったグロア枢機卿だ。犠牲者がメディアで告白し、枢機卿の犯罪が発覚した。同枢機卿は最後まで沈黙を守り、そして最終的にはウィーン大司教区から左遷され、地方の修道院で病死した。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2017年7月2日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。