今年の憲法記念日に開催された改憲派の集会に、自民党の安倍晋三総裁(総理)がビデオメッセージを寄せ、「2020年を新しい憲法が施行される年にしたい」と明言した。
そのなかで「憲法改正は自民党の立党以来の党是」「憲法を改正するか否かは最終的には国民投票だが、発議は国会にしかできない。私たち国会議員は大きな責任をかみしめるべきだ」と述べ、注目の9条については「自衛隊を違憲とする議論が今なお存在する。『自衛隊は違憲かもしれないが、何かあれば、命を張って守ってくれ』というのは無責任だ」「1項、2項を残しつつ、自衛隊を明文で書き込む考え方は国民的な議論に値する」と訴えた。
安倍総裁は同じ5月3日付「読売新聞」朝刊掲載のインタビューでも同様の考え方を語った。翌6月24日には、神戸「正論」懇話会の設立記念特別講演会でも講演。「自衛隊を憲法にしっかりと位置付け、合憲か違憲かという議論は終わりにしなければならない」と訴え、「来たるべき臨時国会が終わる前に、衆参の憲法審査会に自民党の(改憲)案を提出したい」と、来年の通常国会で憲法改正の発議を目指す考えを表明した。
以上の件について先日、自民党の高村正彦副総裁に直接、その考えを質す機会を得た。結論から言えば、安倍総裁と高村副総裁の間に本件に関する意見の相違は特段ない(詳細は月刊「正論」8月号掲載対談)。ゆえに今後、自民党内の議論は「1項、2項を残しつつ、自衛隊を明文で書き込む考え方」で集約され、年内に改憲案が国会に提出される。そこで「自衛隊」は具体的にどう明記されるのか。実質的な議論の時間はあと数カ月しかない。
私自身の考えは、拙著最新刊『誰も知らない憲法9条』(新潮新書・7月14日発売)で詳論した。版元の新潮社が拙著の表紙カバーに巻いた帯には「総理も、憲法学者もわかっていない。」と挑発的なコピーが躍る。
いったい何が「わかっていない」のか。「誰も知らない」とは、どういう意味なのか。答えは拙著に委ねるが、結論だけ先取りすれば、実は上記の安倍総裁案と軌を一にする。
ただし、帯ネーム(コピー)で明らかなように、安倍案と拙著の間に直接的な関係はない。拙著は本年5月時点でいわゆるゲラの状態になっていた。安倍案を聞いて書いたわけではない。もちろん7月発売の拙著を安倍総裁が5月時点で読んでいた可能性もない。つまり両者をつなぐ因果関係はない。
あるとすれば、この一年間にわたる私の言動が間接的な影響を及ぼした可能性は残る。実際、「国家緊急事態条項の整備を優先すべし」と主張してきた保守勢力を、「本末転倒」と批判し「9条改正で正面突破を図るべき」と訴えてきたのは他ならぬ私である。昨年までは少数派だったが、次第に理解が広がり、ついに安倍総裁の口から上記の提案が飛び出すに至った。
いわゆる保守論壇では、安倍提案の発案者として西岡力教授(麗澤大学客員教授)の名前が取り沙汰されてきた。西岡教授は昨年8月16日付「産経新聞」朝刊「正論」欄で、以下のように主張していた。
9条1項の平和主義は変えず、2項を変更して自衛隊の存在を明記するか、3項に「前項の規定にかかわらず自衛のために自衛隊を持つ」などと書き加えることは、おおかたの国民の常識に沿うものといえるのではないか。
自衛隊員は現在、南スーダンや尖閣諸島付近などで命がけで任務を遂行している。隊員は「事に臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に務め、もつて国民の負託にこたえることを誓います」という宣誓をしている。彼らに報いる道は名誉を付与することだ。
最初の憲法改正発議において、自衛隊を憲法に明記することを避けながら、今後も命をかけて国のために働けと命令するのであれば、政治家はあまりに自衛隊員に失礼である。
そうした経緯もあり、マスコミ関係者の間でも西岡発案説が囁かれてきたが、その西岡教授自身が、本年6月14日付「産経新聞」朝刊の同じ「正論」欄に、上記を引用した上で「経緯を記すと、私のこの主張は元航空自衛官であった潮匡人氏に触発されたもの」と明かし、こう書いた(「宿願の自衛隊9条明記を果たせ 実現できなければわが国の将来はない」)。
潮氏は、改憲発議ができる議席が実現したのに自衛隊を憲法に明記することから逃げるなら、現役自衛官の失望は想像を絶するほど大きいと指摘していた。そして、9条2項を改正して自衛のための戦力として国軍保持を明記すべきだが、すぐにできないのであれば「自衛のための必要最低限の実力であって戦力ではない」という解釈を維持したままでもよいから、自衛隊の存在を9条に書き加えるべきであると述べていた。
それを聞いて私は元自衛官だけにそのような主張をさせてはならないと考え、昨年、本欄を書いたのだ。
事実そのとおりであり、当事者としても訂正すべき点はない。西岡教授は上記コラムをこう締めた。
「ゴールは国軍保持だが、そのためにも9条に自衛隊を明記するこの最初の戦いに負けるわけにはいかない。」
なんら異論を覚えない。拙著最新刊で明かしたとおり、憲法9条と潮家の間には、五代にわたる「深く長い因縁」がある。公私とも、決して負けられない戦いが始まった。
<アゴラ研究所からおしらせ>
潮さんも登壇するアゴラ夏合宿(8月5、6日@湯河原)、参加者募集中です。合宿では、潮さんの新刊のテーマでもある「憲法」問題をじっくり討議します。潮さんと池田信夫、田原総一朗さん、片山杜秀さんがどんな議論をするのか?合宿だけでしか聞けない内容が盛りだくさん。夜には懇親会もあります。詳しくはバナーをクリックください。