次のようなくだりのある広告を目にしたことはないだろうか。「30日使っていただいてお気に召さない場合には、代金全額をお返しします」というような広告である。返品した商品は使用済み商品になることから再販は難しい。返品が殺到すれば業者は大赤字に陥るが、業者はなぜこのような広告を打つのだろうか。
今回は、アゴラにも投稿いただき、各種行政委員会委員等も歴任している、荘司雅彦氏(以下、荘司弁護士)の近著『説得の戦略 交渉心理学入門』 (ディスカヴァー携書)を紹介したい。本書には、会議、交渉、セールスから恋愛、就活まで弁護士が教えるエビデンスに基づく人を自然に納得させる方法論が紹介されている。
一定期間相手に使ってもらえれば売れたのと同じ
――実はそこには周到なマーケティング戦略が隠されている。人は一度保有すると手放したくなくなるのだ。一定期間相手に使ってもらえれば売れたのと同じ理屈になる。
「理由は2つあります。第1の理由は、ゲーム理論でいう『シグナリング効果』の利用です。シグナリング効果というのは、あたかもたくさんの商品がある中で“この商品は安心ですよ”というシグナルをチカチカと発しているようなイメージを持っていただければわかりやすいと思います。」(荘司弁護士)
「例えば、A社の商品とB社の商品を比較しているとき、A社の商品には『90日以内の返品保証』が付いているとします。それだけA社は商品に自信を持っているはずだ。気に入らなかったら返せばいいと思うのではないでしょうか。」(同)
――実はここには落とし穴が仕掛けられている。商品を購入する相手には「商品に自信がある」というシグナルを発しているからである。
「第2の理由は、行動経済学や心理学でよく説かれる『保有効果』を狙った戦略だからです。私たちは、一度ゲットしてしまうと手放したくなくなります。これを『保有効果』といいます。デューク大学のバスケットボールの試合のチケットついて、ダン・アリエリー教授(Dan Ariely/HP参照のこと)がおこなった実験があります。」(荘司弁護士)
「観戦チケットを持っている人たちに『いくらなら売るか』と質問したところ、円換算で平均25万円なら手放すという回答が得られたのに対し、持っていない人たちでは、平均1万8000円という回答で、13倍以上の差がついてしまったというものです。」(同)
――この実験から、人は一度ゲットしたものには強く執着することがわかっている。かなりの金額でないと手放さない心理的傾向があるということになる。
保有効果の意識が異性に向かうと厄介になる
――この「保有効果」が人間の異性に向けられたときは厄介になる。裏を返せば人は誰でもストーカーになり得るということにもなる。
「相手があなたに対して『保有効果』を持ってしまったら、逃げ切るのは本当に大変なことかも知れません。もう少し穏健な例を出しましょう。あなたが女性で、ボーイフレンドがいたとします。彼と会っていてもマンネリになってしまって、そろそろ別れようかな、と思っていた矢先の出来事です。」(荘司弁護士)
「あなたと彼との関係を知らない友人が、『ねえねえ、あなた、彼と知り合いなんでしょう。私、彼とおつき合いしたいの』と言ってきたら、あなたはどのように感じますか。彼との思い出を巡らせながら、彼女に彼をとられたくないとは思いませんか。」(同)
――このケースのエビデンスは、人間は「シグナリング効果」によって惹きつけられる可能性があるということ。さらに、人間は「保有効果」によって、一度手に入れたものに価値を感じて手放せなくなるということ。
本書では、著者の弁護士としての経験と、心理学や行動経済学等のエビデンスに基づき、具体的な事例を示されている。ビジネスからプライベートまで活用ができるので汎用性が高い。法律家のエビデンスに関心のある方には参考になると思われる。
参考書籍
『説得の戦略 交渉心理学入門』 (ディスカヴァー携書)
尾藤克之
コラムニスト
<第6回>アゴラ著者入門セミナーのご報告
セミナーにご参加いただいた皆さま有難うございました。
次回の著者セミナーは8月を予定。出版道場は11月を予定しております。
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