船田元・憲法改正推進本部本部長代行の憲法理解を批判する

篠田 英朗

自民党岐阜県連サイトより(編集部)

自民党の船田元衆議院議員とは、2015年6月4日の衆議院憲法審査会で、「集団的自衛権は違憲だ」と証言する長谷部恭男・早大教授(元東大教授)を自民党推薦の参考人と招致してしまったときの与党筆頭理事である。勉強不足を指摘された船田氏の評判は地に落ちた。当時、船田氏は、自民党の憲法改正推進本部本部長だったが、数カ月後、激怒したと伝えられた安倍首相によって交代させられた。

私は、船田氏がどうして憲法問題に関心があるのか、理由を知らない。どれくらい憲法問題を勉強しているのかも知らない。失礼ながら、長谷部事件の後の発言等を見る限り、非常に浅い憲法学の理解しか持ち合せていないのではないか、という憶測は持っている。

船田氏は、今も自民党の憲法改正推進本部長代行の役職を持っているはずだが、私が参考人として憲法改正推進本部でお話をさせていただいたときにはいらっしゃらなかった。残念である。

船田氏は、安倍内閣の支持率が急落し始めるや否や、憲法改正のとりまとめは難しい、といった発言をし始めた。まあ、色々な感情や思惑と時局判断で動くのは政治家だけではない。しかし、憲法理解に関する発言については、社会を混乱させる要因になるので、一言申し上げておきたい。

ニュースによれば、最近、船田氏は、憲法改正推進本部本部長代行として、「党内での一番の相違点は、9条2項を残すか、なくすかという点。 自衛隊は国際的にみて戦力だと言われているし、それにきちんと答えて軍隊として位置付け、自国を守ることを完璧にしたい(だから2項は廃止する)という人が、自民党内にはかなりいる」と述べたという。

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私は、この発言は、間違いではないか、と考える。
9条2項の「戦力」は英語で「war potential」という。GHQ草案から、現在の通常の日本国憲法英語版に至るまで、一貫して憲法上の「戦力」は、「war potential」である。それでは「war potential」とは何か。日本国憲法に特有の特殊概念である。国際法などに「war potential」という法概念はない。

拙著『ほんとうの憲法』でも指摘しているが、9条2項の悲劇/喜劇は、日本国憲法にしか存在しない概念をめぐって、「これは日本にあるか、ないか」と70年間にわたって問い続けていることだ。哲学青年の自問自答の悩みのようになっている。そのどこにも存在していない概念の意味を探ろうとする限り、悩みは解決されないことが必然だ。

国際法に存在しない概念について、それを持たないことを宣言するのであれば、法的効果としては、「二度と国際法を逸脱した概念を振りかざして国際秩序を乱すことはしない」、という趣旨が確認するのが基本だ。

「戦争」=「War」が国際法で禁止されていることは、はっきりしている。国際法で留保されているのは、憲法学者の言う「自衛戦争」ではない。実力行使の手段も伴った「自衛権」である。

船田氏は、「自衛隊は、国際的に、War Potentialだと言われている」、と主張する。いったい「war potential」だという概念を振りかざして自衛隊を定義しようとする「国際的」な試みがあるとすれば、どこにあるというのか、船田氏は明示すべきだ。

船田氏が言っているのは、本当は、「自衛隊は戦力だと多くの(国内のガラパゴス)憲法学者が言っている」ということなのではないか。もしそうなら、そのように言うべきだ。その場の勢いで根拠なく「国際的に」などと言うべきではない。

船田氏の言葉のいい加減さは、続く発言で象徴される。「それにきちんと答えて軍隊として位置付け」るべきだ、と船田氏は言う。しかし、「自衛隊が軍隊ではない」、とは単なる俗説である。実は日本政府も答弁等で「自衛隊が軍隊ではない」と言ったことはない。自衛隊はPKO活動等の国際的な業務では「Military」として扱われる。それは秘密ではない。

自衛隊は、軍隊だが、憲法上の「戦力」ではないのである。何ら新規な見方ではない。一貫性のある考え方は、次のようなものだ。

自衛隊は自衛権の行使にあたって必要な実力を行使する機関である。実力には軍事的(military)手段が含まれるので、自衛隊は軍隊である。ただし国際法で禁じられている「戦争(war)」を遂行するための機関ではなく、憲法上の「戦力(war potential)」にも該当しない。

船田氏は、徹底的に国内ガラパゴス憲法学者の権威を盲目的に信じ、ガラパゴス憲法学の見解がガラパゴス的であることをあえて否定しようと試み、根拠を示さずそれを「国際的」な見解だ、などと言い替えたりすることにも躊躇しない。

もしそのような態度を取り続けるのであれば、せめて自衛隊が「War Potential」だと論じている「国際的」な議論を紹介してもらいたい。

日本国内の憲法学者の通説が、ただそのままで自動的に「国際的な」ものだ、といった見解は、私は認めない。

ほんとうの憲法: 戦後日本憲法学批判 (ちくま新書 1267)
篠田 英朗
筑摩書房
2017-07-05

編集部より:このブログは篠田英朗・東京外国語大学教授の公式ブログ『「平和構築」を専門にする国際政治学者』2017年8月2日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。