私にとっての読売新聞とは⑫(完)

安倍内閣の第3次改造が行われ、新聞各紙が支持率アップを報じている。私は、報道の内容よりも形式に注目することによって、より正しい分析が可能だと考える。

内閣改造は、社会の通過儀礼としての恒例イベントとみなされる。そして、通過後は新たなステージに移行しているとの前提が用意され、前例にのっとった報道が行われる。報道も含め、世論の関心は人事の刷新に導かれる。ニュースの価値は発見と創造にあるので、必然的に報道は新人事に集中するのだ。辞任=責任の意思も組み込まれてはいるが、直前までさんざん騒いだ不祥事は覆い隠され、過去の事件として忘却される。これが政権の意図する、合法的な隠ぺい工作だ。

国家で審理された事件の真相は明らかにされていない。安倍首相がいくらお詫びや反省を述べたところで、欺瞞でしかない。新聞社は世論調査による内閣支持率の上昇を伝え、お詫びが評価されたと世論を誤導する。通過儀礼に数字のトリックを用い、欺瞞に手を貸したことになる。読者から遊離した編集の前例踏襲主義が、報道のパターン化を生み、政権によって容易に利用されるのだ。

報道のパターン化はこう説明してもよい。中国で毎春行われる全国人民代表大会などの恒例イベントでは、しばしば過去の記事を参照し、それに倣った紙面計画が立てられる。前例踏襲が失敗を犯さない、もっとも安全な方法なのだ。記者もデスクも数年単位に交代してしまうので、経験不足を補うのは否応なく前例をまねるしかなくなる。報道の形式がパターン化すれば、内容もその枠にはめられ、凡庸にならざるを得ない。かくして読者はいつも、判で押したような記事を読まされる。

読売新聞は安倍政権を支持し、どんな苦境にあっても叱咤激励する社説を書き続けた。加計学園問題について、首相が説明責任を十分果たしていないと世論の大半が感じている中で、支持率の上昇を根拠に、「安倍首相の『仕事人内閣』の狙いが一定程度は受け入れられた」(8月6日社説)と評価した。不支持48%が支持42%を上回っている現状に無頓着なのは、ニュース価値の低いことが口実になる。権力とメディアの慣れ合い、最大発行部数のおごりが真実を捻じ曲げる。販売戦略によって得た部数が、そのまま論調の支持を意味するものでないことに十分留意する必要がある。

政治の迷走から生まれた安倍首相の一人勝ち現象と、寡占体制下の部数至上主義を堅持する読売新聞の事大主義は、自由な言論や意見の多様性を排除し、不公正な寡占状態を維持する点でつながっている。いびつな共存共栄がはびこり、ゆがめられた新聞市場が機能不全を起こせば、報道の自由も国民の知る権利も絵に描いた餅でしかない。自由が踏みにじられ、真実が隠ぺいされた時代の反省から、戦後の日本メディアはスタートした。時計の針を逆戻りさせるような事態に対し、危機感を抱かずにはおられない。

一年間、中国の大学で学生たちとメディアを語り合いながら痛感したことがある。中国は確かに共産党による報道、言論規制が行われているが、みながそれを十分認識し、官製メディアの伝える事実に対し常に懐疑的な目を持っている。外国メディアがしばしば引用する『人民日報』を読んでいる学生は皆無だし、私が国営中央テレビ(CCTV)の夜7時のニュースを見ているというと、「えっー」と驚く。

日本の靖国神社参拝について調べたいが、中国国内のメディアは一方的な政治的立場に偏っているので、一般の日本人がどう思っているのか知りたい、と尋ねてくる学生もいる。ネット規制があっても、多くはファイヤー・ウォールを乗り越え、トランプ米大統領の動向を興味津々でフォローする。

それと対照的なのが日本だ。「新聞に書いてあった」が格付けに使われ、「新聞に載った」が権威として語られることが日常的に行われている。報道のパターン化に飼い慣らされた大衆は、自らの思考もステレオタイプ化しているのだ。これほどまで伝統的メディアを崇拝する国民は少ないのではないか。その分、懐疑精神が欠如していることになる。メディアへの妄信から脱却し、個々人が独立した目をもって社会に向き合う必要がある。その目がメディアを監視し、健全な方向へと発展させる契機となる。メディアに期待し、自浄作用を求めても無理なことに、みなが気づくべきだ。

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これまで長々と「私のとっての読売新聞とは」を書いてきた。突き詰めれば一新聞社の問題ではなく、日本社会全体が多くの試練を経ながら、なお答えを出せていない問題であることに気づく。この点については、また改めて触れることにしたい。

(完)


編集部より:この記事は、汕頭大学新聞学院教授・加藤隆則氏(元読売新聞中国総局長)のブログ「独立記者の挑戦 中国でメディアを語る」2017年8月7日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、加藤氏のブログをご覧ください。