「点と線」で考えてしまう日本人

荘司 雅彦

ずいぶん昔のことなので不確かな記憶ですが、日中戦争の旧日本軍の失敗は、旧日本軍が「点と線」で進撃して「面」を無視していたからだと教わった記憶があります。つまり、主要都市とその間を繋ぐ鉄道や道路は制覇したものの、それ意外の広大な面の部分を無視してしまったのです。

この「点と線」で考える思考の癖は、日本の交通網の歴史と密接に関わっているのではないでしょうか?
江戸時代の宿場が「点」で、宿場の間を繋ぐ街道は「線」でした。その後の鉄道網の発達によって、駅という「点」が生まれ、駅を中心に街が開けました。

東海道新幹線という日本の大動脈路線に乗っていても、建物が密集しているのは駅周辺だけで、駅と駅の間の「線」の部分には広大な田園風景が広がっています。

もし、逆に戦争で日本が攻撃される立場であったなら、「点」である主要駅と「線」である鉄道や高速道路を制覇すればこと足りたでしょう。

このような「点と線」のイメージは、現代の私たちの頭の中にも根強く残っています。
先般、首都圏の駅の利用者数とその増減が公表されました。品川駅の利用者が増えて渋谷駅の利用者が減っていました。

首都圏在住者は、とかく駅単位で物事を考えてしまいます。人気の街ランキングも、吉祥寺や恵比寿というように駅単位です。

私が大学生になって初めての東京暮らしの住居は、京王井の頭線沿線の久我山という駅近くのアパートでした。ご存知のように、京王井の頭線は駅と駅の間隔がとても短いので有名です。ある駅のホームから隣の駅のホームが見えることがあり、上京したてのころは「ずいぶん”隣町”が近いんだな〜」と思ったものでした。

ちなみに、山手線の東西の幅は約10キロです。人間の歩く速度はおよそ時速4キロなので、単純計算すれば3時間もあれば西から東に横断できる程度の距離しかありません。JRだと、西から東まで、新宿、代々木、千駄ヶ谷、信濃町…御茶ノ水、神田、東京とたくさんの駅があります。もちろん、道路も鉄道も皇居を迂回して走っているので、西から東へと一直線ではありませんが…。

車や原チャリ、はたまた自転車などで常時移動していると、都内で駅を意識することは滅多にありません(渋滞で、「ああ、新宿駅周辺だからか」と思う程度です)。

私は司法試験受験生時代、西早稲田に住んでおり、本郷の東大総合図書館に毎日原チャリで通っていました。所要時間約20分で一週間のガソリン代が500円程度という、最強のコスパです。その経路で駅を意識したことは一度もありませんでした。

米国では、駅の周りに人口が集中して街が発展するというケースはほとんどないと聞いたことがあります。ニューヨークやサンフランシスコを除けば、移動手段としての車がないと途端に生活に困ってしまうと言われています。「点と線」ではなく「面」によって経済圏や生活圏が形成されているからでしょう。

JR北海道の経営難がしばしば話題にのぼっています。今の北海道の経済圏や生活圏は「点と線」ではなく「面」になっているのではないかと私は推測しています。

そうであれば、都会的発想で「鉄道は不可欠の公共交通機関だ」と考えるのは明らかに誤りです。
北海道に限らず、地方都市で駅前商店街が寂れているのも、経済圏や生活圏が「点と線」から「面」に移行しつつある証拠ではないでしょうか?

少子高齢化で地方の人口はますます減少していきます。都会的発想を捨て、「面」の経済圏と生活圏に応じた移動手段を真剣に考える時期に来ているのではないでしょうか?

荘司 雅彦
ディスカヴァー・トゥエンティワン
2017-06-22

編集部より:このブログは弁護士、荘司雅彦氏のブログ「荘司雅彦の最終弁論」2017年8月15日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は荘司氏のブログをご覧ください。