リキッドバイオプシーはがん医療変革につながる!

中村 祐輔

先週号の「Science Translational Medicine」誌に「Direct detection of early-stage cancers using circulating tumor DNA」(早期段階のがんでも、血中を流れているがん細胞由来のDNAを利用して検出できる)というタイトルの論文が掲載された。

このブログでも繰り返して述べているが、がんを治癒させる最大の切り札は、早く見つけることだ。元外科医というのではなく、科学的にも、外科的切除は固形がんに対して絶対的なエースだ。第1・2期の段階で見つければ、多くのがんでは非常に治癒率が高い。また、再発を超早期(CT検査やMRI検査で検出しにくいレベル)で診断でき、その段階で治療を開始すれば、「再発がんは治癒できない・しにくい」という固定観念を崩すことができると私は信じている。

しかし、簡便な手法で、比較的安価にがんをスクリーニング方法は確立されていない。この論文は、リキッドバイオプシーと呼ばれる方法で、がんのスクリーニングを行った結果を報告している。方法論自体はたいしたことはないが、大規模例で検討し、臨床応用可能であることを示した点が大きい。著者らは、血漿(血液の液体成分)からDNAを取り出し、それに(がん細胞由来と考えられる)異常なDNAを含まれるかどうかを調べた。血液で診断できれば、検査を受ける人にとっては、わずか1-2分の手間で済む。

この研究では、58種類のがん関連遺伝子(合計81,000塩基)のDNAシークエンスを行った。44人の健常人(本当に何もないかどうかはわからないが)でも、16%で(がんの発症に関連すると考えられない)遺伝子に変化が認められた。おそらく、血液幹細胞に遺伝子変化が起こり、それらを持つ血液幹細胞が増えたために、混じりこんだと推測されている。ここは重要なポイントであり、遺伝子変化=遺伝子が異常な働きを持つということではない。また、われわれの細胞は日常的にこのような遺伝子変化を蓄積していることを知っておく必要がある。

大腸がん、乳がん、肺がん、卵巣がんの合計200名の患者さんを調べた結果、第1・2期でも、それぞれ71、59、59、68%で遺伝子異常(遺伝子変化ではなく、がんに関連すると考えられる異常)を持つDNAが検出された。肺がん、卵巣がんは第1期でも45%(29名中13名)、67%(24名中16名)で異常DNAが検出された。発見が遅れがちな卵巣がんや第2期でも再発率の高い肺がんではこの数字は臨床的に非常に重要な意味を持つ。これらの異常は、がん組織中でも確認されているので信頼性は高い。また、血漿に漏れ出てくる異常DNAの量が多い大腸がん患者では、再発率も高く、予後が悪かったと付け加えられていた。これらの患者さんには、積極的な術後化学療法が必要だ。

しかし、日本でリキッドバイオプシーの話をすると、聞きかじりの知識で難癖をつける研究者や医師が多い。検出できない30-40%はどうするのだという声が、幻聴のように聞こえてきそうだ。ベストでなく、欠けていることを挙げらって自分は偉いと自己満足しているだけで、今よりベターであることを判断できないのだ。自分ができないことを他人がやると面白くないと思う潜在意識が、科学的に評価する目を曇らせている。ある意味では、日本で伝統的に培われた文化なのかもしてない。

この方法が臨床現場で確立されれば、がんのスクリーニング体制が大きく変わるし、血液採取で済むだけなので、当然ながらスクリーニング受診率は一気に向上すると思われる。さらに、超早期再発発見・超早期治療が治癒率を上げる可能性を秘めているのだ。しかし、それぞれのプロセスにノウハウがあり、片手間でできるものではない。何をするにもそうだが、科学的な素養と評価する目が必要だ。こんな状況なのに、いったい、誰のために研究し、誰のために国費を費やしているのか、改めて問いたい。

現状のパワーで、必要な日本人すべてが、画像検査や内視鏡検査を受ければ医療現場は間違いなく破綻する。しかし、これらの検査は自動化が可能だし、アルゴリズムを含めたインフォーマティクスの体制さえ整えれば、最小限のマンパワーで大量のスクリーニングを行うことが可能だ。隣国ではサムソンがこの分野に乗り出している。日本は大御所を含む99%の人がそうだといわないと物事が動かない。日本のゲノム医療をここまで遅らせてきた元凶に目を向けようとしないと声をあげない。なぜ、患者さんたちや家族は、声をあげないのか??


編集部より:この記事は、シカゴ大学医学部内科教授・外科教授、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のシカゴ便り」2017年8月24日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。