「師匠との出会いは、そんな落胆と驚きと声にならない悲鳴からだったの」。本書はこのような出だしではじまる。今回は、『マジ文章書けないんだけど』(大和書房)を紹介したい。主人公の、浅嶋すず(大学生/画像右)と、謎のおじさん(文章の達人/画像左)によって、掛け合いが繰り広げられる。
著者は、朝日新聞メディアプロダクション校閲事業部長の前田安正/氏。まさに文章のプロである。35年間にわたる新聞校閲の知見が、わかりやすく盛り込まれている。プロが説明するわかりやすさとは“こういう事”なのかと驚きを禁じ得ない。読者は文章を書くことの面白さをあらためて実感するに違いない。
修正の手順を確認して文章を理解する
次のような例文があったとする。まず読んでもらいたい。
<例文>
「この服はブランドものなので、値段と人気が高く、品質とデザインが美しいブランドだ」
読み終わってどのような印象を持つだろうか。「変な感じはしないので問題は無い」「意味としてはちゃんと通じるから大丈夫」。色んな意見があるかも知れない。なんらかの違和感を感じた人がいると思うが、その理由を説明できるだろうか。または、正しく修正することはできるだろうか。まずは例文の構成を観察する必要がある。
すると、次のことがわかるはずだ。「この服はブランドものなので~ブランドだ」。これがこの文の骨格になる。さらに、主語の「この服は」が「ブランドものなので」と「ブランドだ」の両方に掛かってくる。「この服はブランドものなので、ブランドだ」とは言わない。これが違和感を感じる要因である。
また、「値段と人気が高く、品質とデザインが美しい」の箇所が、「ブランドだ」を説明してブランドに掛かっている。これを分解すると次のようになる。
<分解すると2つにわけられる>
・値段と人気が高く=「値段が高い」「人気が高い」
・品質とデザインが美しい=「品質が美しい」「デザインが美しい」
「値段が高い」「人気が高い」は同列では並べられない。「値段が高い」ことが「人気が高い」ことの理由にはならないからである。例えば、ユニクロ、ZARAなどの「ファストファッション」は「値段が安く」「人気が高い」。また、「デザインが美しい」とは言っても「品質が美しい」とは言わない。
「そうそう、こうやって見ればわかるでしょ。似たような事柄が並ぶと、最後の要素だけに述語(主語に対して動作・作用・性質・状態などを表す語)を合わせちゃうことが多いんだ。それでうまく主語と述語が対応できないケースが出てくるんだ」(謎のおじさん)
本書では、テーマ毎に例題が提示される。それを導き出す過程で、「謎のおじさん」が出現してわかりやすく説明をする。複数の導き出す過程を紹介するので、より深い理解が得られるというわけだ。例えば次のような感じだ。
<関係性をよりはっきりさせる>
・値段と人気が高く=値段は高いが、若い女性に人気がある
・品質とデザインが美しい=品質がよくデザインが美しい
<改善文1>
「この服はブランドものなので、値段は高いが、若い女性に人気があり、品質がよくデザインが美しい」
「ブランドものだからブランドだ」という箇所が修正されるので、主語と述語の関係がすっきりする。しかしまだ正解ではない。各要素が整理されていないので、意味としては通じるが美しくない。「値段が高い+なぜ若い女性に人気があるか」を明確にしなければいけない。そこで次ぎの文章を読んでもらいたい。かなり読みやすくなったと思わないか。
<改善文2>
「この服はブランドものなので値段が高い。しかし品質がよくデザインが美しいので、若い女性に人気がある」
最初に、「この服はブランドものなので値段が高い」と明示する。その後に、理由を挙げることで、一つの文のなかにあった要素を分解できる。例文の正解が<改善文2>になる。
代替がきかない文章作成という技術
それでは、同じような例文を提示するので修正してもらいたい。答えは最後に記載する。
<例文>
「大学時代は応援部で吹奏楽のために人間関係と部の運営に尽力した」
本書は、大学3~4年生から、若い社会人を読者ターゲットにしている。ストーリー仕立てで文章講座が進んでいく想定なので非常にわかりやすい。コミカルなイラストが使用されていることから一見すると「軽い内容の薄い本」という印象をうける。しかし、見ための軽さとは異なり充実した内容に気がつくはずだ。
文章作成には、人間の知性や知能、経験などが影響を及ぼす。文章作成AIが話題になることがある。ただしキーワードの組み合わせをするだけなので、細かいディテールまでは期待できない。本書を読むことで、文章の奥深さと代替が難しいことを確信するだろう。豊かな人生を切り開くためにも、多くの人にも読んでもらいたい一冊である。
参考書籍
『マジ文章書けないんだけど』(大和書房)
<例文の改善例>
「大学時代は応援部の吹奏楽に所属していた。そこで良好な人間関係の構築と部の運営に尽力した」
なお、新刊『007(ダブルオーセブン)に学ぶ仕事術』は、「007ジェームズ・ボンド」が社内の理不尽に立ち向かう想定で書き起こしたマネジメント本になる。社内の理不尽に対してどのように立ち向かい対応するのか、映画シーンなどを引用しながら解説した。
尾藤克之
コラムニスト
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