昨年、話題になった記事がある。「電車内で化粧をしてはいけない?公私混同を理解できない不思議」。東急電鉄の車内のマナー向上を目的とした広告が議論の的になっていた。これを、浄土真宗本願寺派僧侶、保護司、日本空手道「昇空館」館長も務める、向谷匡史/氏が解説した。大手メディアにも取上げられ注目を集めた記事でもあった。
向谷氏にはいくつかの顔がある。週刊誌の記者を経て作家になったので文章力には定評がある。著書は100冊を超え、なかでも、「ヤクザ式交渉術」「ヤクザ式心理術」などの「ヤクザ式」シリーズは代表作といえる。また、政治家の、交渉術や人心掌握術を独自に分析したメソッド本にも定評がある。
今回、紹介する本は、『太陽と呼ばれた男―石原裕次郎と男たちの帆走』。石原プロの輝かしい時代のビジネス戦争と人間ドラマになる。映画の失敗で負債を抱え倒産危機に直面しながらも、「西部警察」の成功によって、優良企業として立ち直るまでの5年間を追ったストーリーである。ビジネスにも転用できるエッセンスが多い。
いや違う、これを暴力とは言わない
「四季がめぐり、歳月は足早に過ぎていく」。これは、エピローグの出だしになるが、歳月の経過を感じずにはいられない。もう30年近くが経過している。気がついたら、石原裕次郎が亡くなった年齢(満52歳)に近づいている。そういえば、あの頃はまだ高校生くらいだったな、バブル景気で日本中が浮かれていたなど記憶を整理してみる。
「ほかが10やるなら、ウチは100やる」。これが、渡哲也を筆頭にした石原プロの精神だった。他人と同じであれば恥をかく。時にはビンタの嵐が飛んだ。「殴られてその理由がわからないようなヤツは、ウチには1人もいない」。その考え方が徹底されていた。いまの時代であれば、暴力は大変な騒ぎになるだろう。
では、どのようなときに、渡はビンタを張ったのか?次のようなエピソードが残されている。晩秋の北海道。峠でのロケのことである。裕次郎がコーヒーを飲むシーンがあった。しかし、スタッフがコーヒーカップを忘れてしまった。麓に取りに行けば3時間はかかる。コーヒーを飲まなければ撮影は終了しない。スタッフは車を飛ばした。
しかし、スタッフたちの熱気が冷めていくのがわかった。意気込んでいるほど、反動も大きい。カップを忘れてきた担当者が平身低頭に謝る。間違いは誰にでもあることだと許すこともできる。だが、渡は違った。満座の中で、担当者にビンタをくらわした。スタッフたちの熱気を冷めさせないために、喝をいれたのである。
石原プロの強さの所以とはなにか
渡哲也は、「私」より「公」を第一義とする。人に迷惑をかけることを何より嫌悪する。こんなこともあった。レギュラー出演している苅谷俊介に激怒した。苅谷が、演技方法をめぐって監督と衝突したのだ。渡は激怒し、周囲があわてて取りなしに行ったが、背を向けると足早にロケバスにもどってしまったのである。
冷静になった苅谷はすぐさまロケバスに走った。「すみませんでした。自分の演技のことしか考えないで申し訳ありません。もう一度、来てください。皆さんにご迷惑をかけてしまいました」。と頭を下げて詫びると「わかった」とだけ告げて、渡は現場にもどった。反省して詫びている者に追い打ちをかけない。渡の流儀だった。
「大都会PARTⅢ」の撮影中、苅谷の妻が病気で入院することになった。この時、苅谷の生活はまだ厳しい状態だった。そこへ妻の入院である。渡はじっと見つめていた。撮影が終了してから、苅谷を呼び止めると「お見舞いには花が普通なんだけど、失礼かもしれんが取っとけ」と、ぶ厚い封筒を差し出した。
渡がいなくなってから、開けて見ると、当時、大卒の初任給ほどの現金が入っていた。妻が入院することは伏せていたが、どこからか渡の耳に入ったのだろう。苅谷は屋上の手すりを握って男泣きしたそうだ。規律の徹底の一方、スタッフたちの団結と意思疎通が、『石原軍団』と言われる所以でもあった。
昭和のある大政治家が思い浮かんだ
これらのエピソードを聞いて、私はある政治家の名前を思い出していた。最近は、不倫議員、パワハラ議員、政務活動費疑惑議員など稚拙な政治家ばかりが話題になるが、昭和の時代の政治家は豪快だった。私の脳裏には、田中角栄元首相が思い浮かんだ。すでに伝説と化しているが有名なエピソードを紹介していおきたい。
政敵の議員の両親が亡くなった際、誰よりも早く花を届け、出棺の際には傘もささずに最敬礼で見送った。花屋に命じて1週間新しい献花を届けさせた。他派閥の有望な若手議員が入院した時には真っ先に駆けつけて封筒を渡し、その場を後にした。翌日、派閥のボスが見舞いに訪ねたが、見舞金は田中より遥かに少なかった。
幹事長時代の話になる。同職は党務執行の権限をもつ。選挙の軍資金を渡す際、党で決定された金額を支給した直後、「キミの選挙区は厳しかったな。期待しているぞ。」と追加で同じ額を渡した。特にお金のつかい方、「サプライズを与えて生きた金を使う手法」は、渡哲也の行動にも通じるものがある。さて、そろそろまとめに入りたい。
本書は、封印されてきた石原プロと「西部警察」の秘話になる。現場での出来事やドラマ。駆け引きしない直球勝負の石原プロがテレビ局とどうやって渡り合うのか。これは、ビジネスの交渉術である。なお、本記事用に本書一部を引用し編纂した。敬称や呼び方についても本書を踏襲している。改めて、「西部警察」のDVDを見直したくなった。
参考書籍
『太陽と呼ばれた男―石原裕次郎と男たちの帆走』(青志社)
さて、話は変わるが、3年半ぶりに出版をした。タイトルは、『007(ダブルオーセブン)に学ぶ仕事術』(同友館)になる。私にとっては9冊目の本になるが、社内の理不尽にジェームズ・ボンドが立ち向かう設定にした。ボンドなら社内の理不尽に対してどのように立ち向かい対峙するかをストーリー仕立てにした。
アゴラでは、「ビジネス著者養成セミナー」という著者希望者のためのセミナーを隔月で、「出版道場」という出版希望者のニーズに応えるための実践講座を年2回開催している。日頃、お世話になっている著者の方や出版社からのご協力もいただき、私も彼らが精魂込めて手がけた書籍紹介の記事を掲載している。
今回はそうしたなかで、記事や企画が編集者の目に留まり出版の実現にいたった。読者の皆さまへ感謝として報告を申し上げたい。
尾藤克之
<アゴラ研究所からお知らせ>
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