AI時代のメディア論…「必然」の法則12

『WIRED』誌創刊編集長、ケヴィン・ケリー氏の最新著『THE INEVITABLE』(服部桂訳『〈インターネット〉の次に来るもの 未来を決める12の法則』)は2016年1月、世界に先駆け中国語版が先行出版されてベストセラーとなり、日本では同年4月に発行された。中国のネット人口は7億を超え、世界一である。強力な国家政策の後押しもあり、EーCOMMERCEは日本より進んでいる面もある。出版社からすればこの読者市場を無視するわけにはいかない。

中国語のタイトルは『必然』である。中国では外国の著作物について、忠実に直訳を用いることがほとんどだ。読者の目を引くため、凝った訳が考えられる日本とは異なる。

技術の実用化には、旧技術の更新を伴うため、むしろ一足飛びに進むことのできる後発の利がある。中国やインドはそのメリットを生かし、IT分野での主導権争いに加わっている。中国の大学や研究機関では猛烈な勢いでインターネット研究が行われている。私のいる汕頭大学でも、世界のインターネット報告を文書化するべく、私にはこの夏休み、日本編をまとめるミッションが与えられた。中身はともかく、とにかく走り出そうというお国柄である。

7億超のネット人口とはいっても、全人口の半分余りだ。ネット人口が8割を超える日本などの先進国とは大きな差がある。マックス・ウェーバーがすでに中国の「二重構造の文化」を指摘したように、この大国には常に階層が存在している。王朝体制のもと、支配階級は儒教に縛られていたが、庶民は生活や人生の難題を解いてくれる仏教や道教を信仰した。だが、若年層の携帯普及率に限れば、ほぼ先進国並みだ。後発の利は間違いなく発揮されている。

手元に長く置く本ではないと思い、同書を近くの区図書館で借りようとしたら、25人の先約があった。すでに出版から1年がたっているというのに、とんでもない人気だ。順番を待っていたらさらに1年かかる。やむなくアマゾンで購入した。わからない用語はすっ飛ばし、パラパラとめくるように速読した。すでに多くの感想が書かれていると思うので、率直な感想だけを記す。

読みながら、「これがシリコンバレーで交わされている日常会話なのか」と知り驚いた。世界の半数がまだネットに接続できていない状況で、すでに人間と技術が過剰なまでに共生する姿が、エネルギッシュで、煽情的な表現で描き出される。人はもはや携帯も持つ必要がなく、体に身につけたデバイスが目となり耳となる。人はコンピュータの中にいて、「身体がパスワード」と化し、「テクノロジーはわれわれの第二の皮膚になる」。どこでも目の前にスクリーンが浮かび上がり、欲しいものを注文し、読み、書き、自由に人の顔を見ながら会議ができる。

「もし未来において、誰かがぶつぶつ言いながら目の前で両手をダンスするように動かしていたら、それはコンピューターで仕事をしているということなのだ」

こんな世界が遠くない将来に出現するのだと予測する。どこの国でも、どんな言語でも…というのだが、ネットに接続していない人々が半数いることは切り捨てられている。後発の利どころではなく、遅れて加わったものは、たちまち迷子になり、バーチャルのスラム街に駆け込むしかないような不安も抱かせる。どれほど楽天的に考えても、みなに自由で平等な楽園が生まれるとは、とうてい思えない。

それでも、光明が感じられる点があった。筆者が当初、可能性はないとみていたウィキペディアだ。不完全な内容ながらも、無料で、自由にシェアリングすることによって、人々の知的好奇心を刺激し、多数の参画が絶えず改良を進めている。

筆者は、ウィキペディアを「集合精神の有効性を示す生きた証拠」だとし、率直に語る。

「私はかなり強固な個人主義者で、自由主義(リバタリアン)教育を受けたアメリカン人だが、ウィキペディアの成功によって、社会の力についても評価するようになった。そしていまでは集団の力や、個人が集団に向かうことで生じる新たな義務について、より関心を抱くようになった。市民の権利を拡張するのと同時に、市民の義務も拡張しなくてはならないと考えている」

まるで、独立した市民が公共空間で共有財産を築いているようなイメージを起こさせる。現代のメディアに欠け、ネット社会が直面している最も深刻な問題に答える鍵が隠されていることは間違いない。これが遅ればせながら、同書から得た最大の収穫だ。

中国ではエリート層を中心に、我先にと新技術に飛びつく人々がいる。と同時に、天命を信じ、足ることを知りながら生活している庶民らの光景も、私の頭の中には浮かんでくる。世界に先駆けた出版だが、たぶん、町の図書館に予約をする人はもういないだろう。これがこの国の面白いところだ。


編集部より:この記事は、汕頭大学新聞学院教授・加藤隆則氏(元読売新聞中国総局長)のブログ「独立記者の挑戦 中国でメディアを語る」2017年8月29日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、加藤氏のブログをご覧ください。