暴風雨ハーベイがアキレス腱をさらけだした

ハーベイは市民生活だけでなく石油産業にも打撃(NASA / flickr:編集部)

12年前の2005年8月末、ハリケーン・カトリーナがフロリダ半島を横断し、メキシコ湾岸を襲った。死者、行方不明者約2,500名、ニューオーリンズ全市がほぼ水没し、ヒューストンのアストロドーム球場に避難生活をしていた人たちの間で感染性胃腸炎が集団発生するという被害も発生した。ブッシュ大統領が一次「緊急事態宣言」を出すほどの大自然災害だった。

このカトリーナは、石油産業にも大きな被害をもたらした。
湾内の多くの石油ガス生産施設を破壊し、沿岸の製油所諸施設を使用不能にした。折からの中東の政情不安、ナイジェリアやエクアドルの騒乱等も加わり、原油価格は65ドル台から70ドルに急上昇した。

同年9月中旬にバンコクに赴任していた筆者は、米シェブロンの技術者たちから現地の事情を種々聞く機会があり、被害の大きさに驚愕したものだ。中でも、洪水によりニューオーリンズ製油所の大型タンクが浮いてしまい、何百メートルも移動してしまった、という話には驚いた。

先週以来、ハーベイ(上陸前にハリケーンからストーム(暴風雨)になった)がメキシコ湾岸を襲い、大量の降雨により製油所を操業不能に陥れ、ガソリン価格を急騰させている。だが原油価格は、製油所が消費できない、購入できない、ということから逆に下落する反応を見せていた。

メキシコ湾の石油ガス生産施設への被害は伝えられておらず「カトリーナと比べたら大したことがないのだろうな」と筆者は楽観していた。短期間で正常に復帰するだろう、と考えていたのだ。だが実は、米国の需給バランスが大きく変化しており、グローバルなエネルギー市場に影響をもたらしているという。

今朝、FTが “Storm Harvey express Achilles heel for global energy market” (around 1:00amon Sep 1, 2017) という記事を掲載している。この記事の要点をかいつまんで紹介しておこう。

・ハリケーン・カトリーヌとリタがメキシコ湾を襲った2005年には、アメリカは外国から最大数量の石油を輸入していた。価格は急上昇し、IEA諸国は緊急に備蓄を放出した。ブッシュ大統領は国民に「自動車運転を控えよう」と呼びかけた。

・ハリケーン・ハーベイがメキシコ湾岸を襲った今年は、アメリカは世界最大の石油製品の輸出国になっている。ゆえに、アメリカのドライバーたちのみならず、世界中のエネルギー消費者にとって大問題になるかもしれない。

・シェールブームによりアメリカは生産国としても成長し、その結果、石油製品は輸入ポジションから輸出ポジションに変化している。(添付されているグラフによると、2005年にはカトリーヌの影響により200万BDから400万BDに輸入(ネット)が増えているが、2017年にはハーベイにより300万BDから200万BDに輸出(ネット)が減少することになっている)

・然し、ハーベイはアキレス腱をさらしてみせた。すなわち、自然災害が多発するメキシコ湾岸に米国の製油所が集中し過ぎている、ということだ。

・短期的な影響として、米国の16%の製油能力(約3百万BD)が失われ、コーパス・クリスティ港が閉鎖され原油・石油製品の荷動きが止まってしまった。被害の程度、修復されるまでに要する時間については、水が引いてみないと分からないが、石油会社は(2005年に)カトリーナ、リタの被害を受けた経験から、製油所の防御策に多額の投資をしてきている。

・内陸におけるシェールオイルの増産により、米国は暴風雨などの自然災害に弱いメキシコ湾の原油生産への依存度を引き下げた。だが、ハーベイは内陸部の生産にも影響を与えることを示した。100kmほど内陸に位置する米国第二位のシェールオイル生産地域であるイーグルフォードにも大量の雨が降り、コノコフィリップスやEOGリソーシズなどは一時的に生産を中止したほどだ。

・ハーベイの影響はすでにグローバル・エネルギー市場に及んでいる。メキシコは需要の半分を米国からの輸入に依存しており、10隻のオイルタンカーが影響を受けている。ヨーロッパから石油製品を輸入をすべく交渉を開始している。欧州の石油製品価格も上昇し、製油所の利益(原油価格と製品価格のバランスから計算されたもの)は7%も増え、バレルあたり21ドルになった。

なるほどね。
「BP統計集2017」をチェックしてみたら、2016年のアメリカは、石油製品を200万BD輸入し、400万BD輸出している。世界全体の石油製品の貿易量が2,000万BDだから、製品輸出入に占めるアメリカの比重はきわめて高い。つまり、少なくともエネルギーに関する限り、アメリカにとっては「自由貿易」がきわめて重要なのだ。特にカナダとメキシコの比率が高いから、NAFTAを再交渉してもエネルギーは別扱いにするのだろうな。


編集部より:この記事は「岩瀬昇のエネルギーブログ」2017年9月1日のブログより転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はこちらをご覧ください。