連日、ニュースやワイドショーは議員の不倫報道で賑わっています。昨年から数えると、議員や議員候補の不倫の話題には事欠きませんが、それが「政治ニュース」の一面扱いのような形で報道されてしまうことに違和感を覚えざるを得ない今日このごろです。
ワイドショーのみでなくゴールデンタイムのニュース、あるいはインターネットでも取り上げられやすい不倫の話題は、政争の具になっていることは間違いないでしょうが、わたしたちの生活と直接関わってくる「政策」とはあまり関係がないかもしれません。不倫や失言などの「わかりやすい」スキャンダルの裏で、どのような法案が審議入りしているか、あるいは可決・否決されたかは、意外に多くの人は知らないのではないでしょうか。
193回国会では、医療福祉関係では、「臨床研究法案の修正案」が可決され、「介護・障害福祉従業者の人材確保に関する特別措置法案」が否決されています。他分野では、生活保護や政治資金規正法、教育改革、安全保障や原発事業などの、多くの人が潜在的には関心を持っているであろう事柄に対して、様々な法案が提出、審議されていますが、多くは話題に登りません。最近話題になった法案といえば、特定機密保護法や安保法制くらいです。
審議されている法案の一覧を見るには、衆議院サイトにアクセスしてください。「法案提出者が誰か」もわかりますので、どの議員がどんな仕事をしているかがある程度把握でき、選挙の参考になるはずです。メディアの情報に躍らされることなく、一次情報にアクセスして自分の目を養うことは大事だといえるでしょう。
医師であるわたしは医療報道には否応なく目を通していますが、医療報道と政治報道には意外にも共通点が多いと思っています。いずれも、「正確だけれどつまらない事実」よりも、「センセーショナルなもの」に耳目が惹きつけられやすいということです。事実というものは、ただ事実でしかなく、喜びや悲しみなどの色はついていません。おそらくそういう部分が、心理学的に、「真面目で正確な内容が受けない」ということにつながってくるのでしょう。医療報道についても、最近では新聞や著名な雑誌媒体ではレベルが上がり、信憑性の薄い情報は掲載されなくなりましたが、一方一部のネットメディアでは怪しい情報が氾濫し、「ふくらはぎをもむと◯◯がなおる!」というような、「呪術」に近い情報も珍しくありません。
「情報の非対称性」とは
医療報道や政治報道における「伝えることの難しさ」の大いなる原因のひとつとして、「情報の非対称性」があるとわたしは考えています。「情報の非対称性」とは、もともと経済学者のケネス・アローの「医療の不確実性と厚生経済学」(1963年)において、市場的な問題として指摘された事態(用語自体は1970年のアカロフの論文で初めて記載されています)ですが、現在、わが国の臨床の現場では、医師患者間のコミュニケーションに対してこの言葉が多く流用されて使用されています。患者の持っている情報と、医療提供サイドの持っている情報が量、質ともに大きく異なるため、患者が医療者の説明を理解して最適な医療を選択することがいかに難しいか、ということが頻繁に問題として取り上げられています。
政策に関しても、官僚や政治家と、一般の人々の間には、ひょっとしたら医療以上に情報量の圧倒的な差が大きな溝を形づくっています。
いかに「面白く」「わかりやすく」伝えるか、医療サイドの試み
わたしは病院勤務の経験から、専門知識を「わかりやすく」伝えることがいかに難しいかを実感してきました。医者は、日常用語のように専門用語を使っていまいます。例えば、「所見」(見たところのもの。見た事柄。観察・診断などの結果by 広辞苑)という、医師の間で日常的によく使われる言葉にしてからが、なんのこっちゃ、と思われる方も多いのではないでしょうか。
また、患者さんが求めているものは、「正確な事実」では必ずしもなくて「安心」だったりするわけですから、医療者の話す内容と、患者さんの「聞きたい内容」はおのずから異なってくることも多いのです。現場の改善は、スタッフの数を増やしたり、精神的ケアをするスタッフを常駐させたりするなどで対応していく必要があると思われますが、これには「医師の負担を減らす働き方改革(現状では長い説明をしている余裕なんてないんだよ! という悲鳴がいまにも聞こえそうです)」「保険制度や病院の制度全体の改革」が不可欠になってきます(もし今の状況でスタッフを増やしたら倒産する病院が出てくるでしょう)。
医療ジャーナリズムにかかわるメディア関係者や、情報発信する医師たちの間では、もっと別の試みがなされています。「萌えキャラ」やゲームを用いて情報発信したり検診をすすめる試み、エンターテイメント性の高いコンテンツを配信して情報提供を行う試みなどがなされています。医療情報発信のガイドラインを作ったらどうか、医療情報のチェック機関を専門家で作ったらどうか、という動きも出ています。
政策報道にも、エンターテイメント性は必要?
「政局」報道がエンターテイメントと化している一方、個々の「政策」報道は殆どなされないというのが現実です(というか、なされていてもわたしたちには届いていない)。政治家や政党、政治専門の記者は、もっと「面白く」「わかりやすく」政策のポイントを知らせてもいいのではないでしょうか。法案については、煽りや曲解が加わった形で報道されやすいのですが(そしてまあ、みんな反応する反応する!)、「下品なエンターテイメント」はもうお腹いっぱいなので、「良質なエンターテイメント」にそろそろ移行してはどうでしょう。地方の観光政策PRでは、コンテンツ業界との連携がいわれていますが、国政の政策においても、そういったアピールがあってもいいかもしれません。また、エンターテイメントの装いをしつつ、内容の正確性には厳しいチェックが課されるよう、抑制的に働くチェック機構を作ってはどうでしょう(天下り機構にならないようにくれぐれも気をつけて!)。
松村 むつみ
放射線科医、人口問題及び医療・介護政策ウォッチャー
アゴラ出版道場二期生
東海地方の国立大学医学部卒業、首都圏の公立大学放射線医学講座助教を得て、現在、横浜市や関東地方の複数の病院で勤務。二児の母。乳腺・核医学を専門とし、日常診療に重きを置くごく普通の医師だったが、子育ての過程で社会問題に興味を抱き、医療政策をウォッチするようになる。日本医療政策機構医療政策講座修了。日々、医療や政策についてわかりやすく伝えることを心がけている。