政治家に蔓延する“我田引鉄”信仰
「我が街に新幹線を誘致し、高速道路を走らせる」 しばしば政治家は地元有権者に対してこのように訴えかけ、誘致の為の運動体を組織し、要望活動を行う。このような光景は、その内容は違えど日本全国で見られるわけだが、彼らがこのような行動を取るのには2つの動機がある。1つは、インフラ整備が地域発展に寄与すると信じているから。そして、2つ目はそれが最終的に「自身の選挙を有利なものとするに違いない」と信じているからである。
戦後の自民党長期政権時代を概観すれば、事例には事欠かない。自民党初期の副総裁を務めた大野伴睦(1890-1964)は、“猿は木から落ちても猿だが、政治家は選挙に落ちたらただの人”という名言を残した人物だが、彼の地元にある東海道新幹線・岐阜羽島駅前には、彼の銅像がそびえたっている。また、戦後絶大な人気を誇った田中角栄(1918-1993)は、日本列島改造論を提唱し、新幹線・高速道路網の整備を推進したわけだが、彼は東京から地元新潟に至るルートとして上越新幹線と関越道を作った。目黒の自宅から新潟まで3度曲がるだけで到着するという逸話を残している。
利益誘導は票にならない?
大物議員の足跡を知れば知るほど、政治家(特に自民党議員)は「地元への利益誘導は自身の選挙を有利にする」に違いないと考える。しかし、それが実は「間違い」であったとすれば、多くの人は驚くに違いない。実のところ、新幹線や高速道路といった交通インフラの利益誘導は中長期的に見て、その該当選挙区の自民党得票率を減少させていることが分かっているのだ。
元エール大助教で政治学者の斎藤淳氏は『自民党長期政権の政治経済学』(勁草書房,2010)において、新潟県と島根県を事例に、交通インフラ整備が進んだ県と遅れた県で自民党得票力にいかなる違いがもたらされたか検討し、さらに全国自治体得票データに基づき統計学的分析を行っている。以下の表を見て欲しい。
グラフは、東海道・山陽新幹線が完成して数年が経過した1979年と、平成大合併が急速に展開する直前に行われた2003年総選挙での、全国自治体の得票と交通インフラ状況を集計した数値をグラフ化したものである。いずれの総選挙においても、新幹線駅あるいは高速道路出入口に隣接する自治体における与党系候補得票率は、そうではない自治体に比べて低い状態であり、10%前後の差があることが分かる。一方、インフラの中でも事業費では遜色のないダム事業には同様の効果がないことも分かっており、交通インフラに現れる影響であることが分かっている。(詳細については、斉藤氏の著書をご一読いただきたい)
インフラ投資が逆効果の理由
ではなぜ、インフラ投資が与党の選挙に逆効果なのか。その理由は、同じ利益誘導といっても新幹線や高速道路を選挙区に通す我田引鉄型利益誘導と、予算年度毎の補助金采配による利益誘導では、集票への効果が大きく異なるという点に起因する。選挙への貢献度に応じて年度毎に配分を采配することが出来る補助金とは異なり、インフラ投資による便益は不可逆的であり調節が困難であるからだ。
新幹線や高速道路は、それが完成するまではその政治家を応援するが、一度完成してしまうと、地元民は彼を応援する動機が無くなってしまう。政治家も報復的にインフラを撤去することは不可能なので、結果的に支持だけが減少してしまうのである。完成したインフラを壊すことが出来ない以上、交通インフラは「アメ」だけの政策手段となり、便益をストップする「ムチ」による脅しは機能しない。それゆえに、政治家の選挙戦略としては有効ではないと言えるのである。
政治家の建前と本音
言うまでもなく、自民党が権勢を誇っていた時代の政治家の影響力と今日のそれとを比較することは出来ないし、近年の財政難においてはインフラ整備を進めること自体容易なことではない。また、そもそも贈収賄などの問題を除外しても、利益誘導ばかりを推進する政治家というものが、政治家として正しいかどうかという批判も可能である。ここでは、政治家の規範的是非については触れないが、政治学的にも現実論としても、政治家は選挙での当選を第一義的に考える存在であることは明白な事実である。
以前、麻生太郎元首相が「地域の課題は一つ一つ解決しなさい。全て解決してしまったら応援してくれなくなるぞ」と、新人議員に説いておられた話を聞いたことがある。さすが、当選十数回の大物議員は、選挙戦略の神髄を心得ているようである。この心得が政治家にどれだけ浸透しているかは分からないが、落選して「ただの人」にならない為にも、政治家はこの種の「強か(したたか)さ」をも身に付けなければならないであろう。
堀江 和博(ほりえ かずひろ)
滋賀県日野町議会議員 1984年生まれ。滋賀県出身。京都大学大学院公共政策教育部公共政策専攻。民間企業・議員秘書を経て、日野町議会議員(現職)。多くの国政・地方選挙に関わるとともに、大学院にて政治行政・選挙制度に関する研究を行っている。