内閣府の規制改革推進会議(大田弘子議長)は、2017年9月11日に「当面の重要事項」を議決し、年内目途の解決項目の1つとして「電波割当制度の改革」を挙げた。
また同会議では安倍首相が発言し、本件について「成長戦略の次なる最大のチャレンジはSociety 5.0の実現であります。電波は正にその重要なインフラであり、かつ、本来、国民の財産であります。当然、これはたとえ民間に振り分けられているものであるとしても、しっかりと活用していかなければならないと、こう考えているわけであります。そのために、ダイナミックな利活用が可能となるように割当制度の改革は待ったなしであります。これは大変固い岩盤ではありますが、皆様と共に挑戦していきたいと、このように思います」と述べた。
また同会議後の記者会見で大田議長は質問に対し、「通信需要から生ずる新たなニーズに対応して機動的かつ最適に電波を活用できるようにすることは成長戦略上、不可欠」と答えている。さらに菅官房長官は、9月13日午後の記者会見における電波オークション導入についての質問に(同11分頃)、「一定期間の電波利用権への入札、米英仏独など先進国における同実施の事実、国民の共有財産である電波の有効利用のための方策検討」などのキーワードを使って答えた。なおこれらの事項は同会議の事前あるいは事後に複数のメディア(たとえば産経新聞(2017年9月12日)によって「政府は電波オークションの導入を決定した」のように伝えられた。
これらをまとめると、このたび政府中枢で、「電波は経済成長のための重要なインフラだが、まずこれが国民の共有財産であることを確認する。電波の効率的な利活用のためには割当制度の改革が急務であり、諸外国で採用されている一定期間の電波利用権の入札(オークション)も考慮に入れる。」という政策方向が採用されたと考えることができる。本稿ではその内容・含意を考察し、当面必要な改革について筆者の意見を述べる。
第1に首相発言の中にある「電波は国民の(共有)財産」とは何を意味するか。日本の法制では現在まで電波は財産として認められていない。電波利用について規定している「電波法」では、電波を文字どおり電磁波の一部として規定し、その「公平かつ能率的な利用」を謳っているにすぎない。実際には、電波は同利用免許の要件になっており、免許を所管する総務省が具体的事項を定めているが、電波の売買・貸借などは原則として認めておらず、したがって「財産」ではない。
電波が財産としての側面を持つようになったのは、移動通信が急速に拡大したからである。電波利用免許は、そのための電波すなわち周波数帯が潤沢に供給できた時期(20世紀初頭から1980年代末まで)に、電波利用における混信・妨害を防ぐことを目的として導入された。最近になって携帯ユーザの増加から周波数帯が稀少化し、電波の実質価値が上昇してこれを財産として扱うことが適切になったのである。
電波(地上電波)免許は、「限定された地上スペースにおける電波の使用権」を与えるという理由から、土地利用権に類似する経済的性質を持っており、電波は「無形の不動産」と考えることができる。ただし電波は周波数帯ごとに区別して使用されるため、土地 1 区画に比較できるのは、特定の区域で利用される 1 個の電波チャンネルである。つまり、特定の区域に対応して複数個の電波資産が存在する。
電波が稀少化し財産としての価値を持つようになった事実を無視し、古い電波法規定を放置して旧来の電波管理を続けた結果が日本の現状である。国民のために役立つはずの有用な電波の遊休化、非効率な電波の配分と利用、電波の現利用者が受ける既得権益・経済的利得の放置、そしてそこから生ずる不公平と社会機構の硬直化、望ましい新規参入の封止、それに伴う技術進歩・改革誘因の減退など、多数のマイナス点を挙げることができる。電波割当にオークション(入札)を採用することは、電波を財産として公正に取扱うための主要手段だが、その導入という点で日本は諸外国に大きく遅れてしまった。OECD 35国のうちオークション未導入は日本だけという落伍状態、またアジアでは近隣の韓国、台湾、シンガポール、タイなどで導入済であり、東アジアの未導入国は中国、モンゴル、北朝鮮だけである(拙稿「海外諸国における電波オークションの導入状況」)。
これらのことは識者・専門家の間ですでに久しく共有されている。しかしこれまでメディアがほとんど取上げなかったこともあり、広く知られるには至っていない。放送事業者が電波の既得権益者だからであり、かつ主要新聞社の多くがテレビ放送局と資本関係を持っているからである。この資本関係は主要先進国では「クロス・オーナーシップ」と呼ばれ、民主社会における言論の自由を損ずる要因として原則禁止されているが、日本ではこの規制が欠落している。このたび遅れたとはいえ、政府中枢が電波利用について上記認識を共有するようになったことは、日本のために喜ぶべきであろう。
次に、「オークション導入を含め、電波使用を効率化するために電波割当制度を改革」するとして、具体的に何をなすべきかについて筆者の見解を述べる。電波管理の世界は広大かつ複雑であり、またそこでは(非効率要素が多く残っているにしても)電波を利用して自他の仕事・生活を支えるための活動が日々営まれている。このような対象の改革には、まず長期的な目標を定め、次いで当面の重要課題に取組むことが望まれる。
長期的目標としては、「電波に関する制度改革を、国民の共有財産である電波に市場メカニズムが作用する方向に進める」ことを提案する。オークション導入はその1つだが、全部ではない。われわれが日常接している財産(財貨、財)は大部分市場メカニズムの下にあり、それぞれに市場価格が成立して売買される。もしこれらの財の一部でも市場メカニズムから外れて価格が付かず売買できなくなれば、たとえば食品・食材の取引に政府・自治体の許可が必要となれば、そこに大変な不便・不都合が生ずる。これまで電波・電波利用権という財は市場メカニズムの外にあったので、不便・不都合が恒久化していた。この状態を「正常化」し、電波という財産に「価格が付いて取引できる」状態にすることが必要である。
次に短期的な課題、すなわち当面の目標として筆者は、「現在テレビ放送用に割当てられているが、技術進歩等の結果遊休部分を生じている周波数帯(UHF帯の一部)を区画整理し、空いた周波数帯を通信事業者にオークションで割当て、その結果スマホなど移動通信端末の使い勝手を現在よりも大幅に改良する方策(本稿で「600MHz帯再配分方策、600MHz帯方策」と呼ぶ)」を提案する。なおこの方策の条件として、「現在この周波数帯を使っている地上テレビ放送事業者には、区画整理のためのチャンネル変更以外の迷惑・負担をかけず、また同変更に必要な費用はすべて政府がオークション収入から支払う」ことを付加したい。
(その2に続く)
鬼木 甫 (おにき・はじめ)
情報経済研究所 代表取締役所長、大阪大学・大阪学院大学 名誉教授
1933年生まれ。東大経済学部卒業後、米スタンフォード大学経済学博士。米ハーバード大学、カナダのクイーンズ大学の客員助教授、大阪大学社会経済研究所教授などを歴任。2009年より現職。著書に「電波資源のエコノミクス」(現代図書)。