欧州が「朝鮮半島」の危機に目覚めた

長谷川 良

欧州は北朝鮮の核・ミサイル問題にはこれまで余り関心を示さなかった。というより、欧州にはイランの核問題があったから、外交の優先課題として極東の北朝鮮の核・ミサイル開発よりイランのウラン濃縮関連活動の行方の方が深刻だったからだ。

▲「朝鮮半島の危機」の調停に意欲を示すメルケル独首相(「キリスト教民主同盟」公式サイトから)

その欧州が今、朝鮮半島の危機に目覚めてきた。北朝鮮が中距離弾頭ミサイルを発射したり、今月3日に6回目の核実験を実施した直後、欧州連合(EU)の盟主メルケル独首相は「危険だ。許されない」として批判声明を即発表している。その反応は迅速となってきた。なぜか。

考えられることは、核実験は地域問題ではなく、国際問題だからだ。米ジョンズ・ホプキンス大学(Johns Hopkins University)の北朝鮮分析サイト「38ノース」の発表では、3日の北の核実験の爆弾規模が250キロトンと推定され、欧州大陸でもその人工地震は観測された。金正恩氏(朝鮮労働党委員長)の核実験が欧州の大地をも震わせたのだ。

北の大陸間弾道ミサイル(ICBM)の開発が急速で、北が発射したミサイルは米本土だけではなく、欧州にも届く射程距離を有することが明らかになった。もはや、北の核・ミサイル開発を極東の地域問題といって静観できなくなってきたのだ。北の問題が欧州全土の防衛、治安問題に直接かかわってきたからだ。

もちろん、イランの核交渉が合意したこともある。イラン問題では2015年7月14日、国連安保常任理事国(米英仏露中)にドイツを加えた6カ国とイランとの間で続けられてきたイラン核協議が「包括的共同行動計画」(Joint Comprehensive Plan of Action.=JCPOA)で合意し、2002年以来13年間に及ぶ核協議に終止符を打ったばかりだ。IAEAは現在、イラン核計画の全容解明に向けて検証作業を続けている。そこで、①欧州にも余裕が生まれた、②イラン問題を外交で解決できたという自信、などがあって北問題への関心が高まってきたといえるかもしれない。

国連安保理決議に基づき、トランプ米大統領は21日、対北への独自制裁を決定し、北との貿易、取引に係った金融業者への制裁を含む包括的な制裁の係る大統領令に署名した。これを受け、欧州の金融界、企業関係者ももはや他人事のようには振舞っておれなくなったという事情もあるだろう。

読売新聞によると、ブリュッセルで21日開催された加盟国の大使級会合で対北制裁問題が論議され、①北への送金制限、②北国民への旅券発給の厳格なチェックなど独自制裁が決められ、今月16日の外相理事会で正式に決まるという。

それに先立ち、スペイン外務省は18日、駐マドリードの北朝鮮大使に今月30日までに国外退去するように通告している。メキシコ、ペルー、クウエートなどが既に同様の通告を発している。また、フランスのローラ・フレセル・スポーツ相は21日、北朝鮮の核・ミサイル問題が深刻化した場合、来年2月に韓国の平昌で開催の冬季五輪大会に参加しないことも考えられると示唆したばかりだ。すなわち、欧州の政治家、企業も北問題に敏感となってきたわけだ。

欧州加盟国では既に、駐在北外交官数の制限が実施されてきた。欧州諸国の中でも大きな大使館を有するオーストリアの北大使館では既に外交官数は2桁を割っている。ただし、国連の専門機関を抱えているオーストリアでは、北大使(金光燮大使)を国外退去させることは難しいだろう。せいぜい、外交官数を制限させるだけだ。同じことが、フランスやイタリアでもいえる。

メルケル独首相は今月10日の独紙フランクフルター・アルゲマイネ日曜版(電子版)のインタビューの中で朝鮮半島の危機打開への調停役を申し出ている。軍事衝突の恐れが出てきた朝鮮半島をトランプ米大統領には任せておけないという危機感が働いているのだろう。米日韓の3カ国を中心とした対北政策が軍事衝突以外の他の選択肢がなくなった場合、対話、外交路線を主張する欧州の調停に委ねてみるのも一つの打開策かもしれない。いずれにしても、欧州が朝鮮半島の情勢に強い関心を持ちだしたことはマイナスではないだろう。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2017年9月24日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。